共闘
急がなくちゃ!早く!早く!早く!!
一刻も早く、胡蝶さんのところへ!!
なんでこの子は身を挺して僕を庇ったんだ。
なんで僕は最後の最後で油断してしまったんだ。
さっき止血の布を替えたのに、もう血で湿ってきている。
死ぬな、つばさ!しっかりするんだ!!
それは昨夜の出来事。
珍しい組み合わせなことに、僕と弓使いの女の子・夏目椿彩が合同で任務に当たった。
つばさはまだ入隊して日が浅いから、柱の僕が補佐につくといった形だろう。
鬼はたったの4匹。2匹は僕が、1匹は椿彩が倒した。
だけど残り1匹がすばしっこい上に、妙な血鬼術を使うから討伐に手こずってしまった。
幻を見せてくるんだ。
僕たちの大切な人の幻をいくつも作り出す。
お館様の幻、柱のみんなの幻。しかも言葉まで操る。
“無一郎、私が分からないのかい?”
“時透!俺たち仲間だよな?”
“お願い、殺さないで!”
“時透、君は若い身空で本当によく頑張っている”
許せない許せない許せない!!
怒りで身体がブルブル震える。
つばさにも幻が見えているようだ。
弓を引く彼女が、はっとした顔をする。
『お父さん!お母さん!シュウヤ、カイト、ヒナタ…!』
つばさに見せられている幻が僕にも見える。
つばさによく似た大人の女の人、背の高い男の人、つばさと同じ歳くらいの男の子、もっと幼い瓜二つの男の子2人……。
あれが彼女の家族なのか。
“つばさ、私たちを射殺すつもり?”
“お姉ちゃん、やめて!怖い顔しないで!”
なんて残酷な幻だ。
人間の記憶を読んで大切に想っている存在のニセモノを見せて、こちらが攻撃できないようにしてくる。
“あんたに家族が殺せるの?血も涙もないわね”
つばさと同じ見た目の幻も姿を現した。
“どうせ忘れるんだし、さっさと殺せばいいよ。鬼殺隊なんて家族ごっこに興じる馬鹿どもの集まりだ”
僕と同じ見た目の幻が抑揚のない声で言い放つ。
「っははははは!!お前らが見ている幻の中に本体の俺がいるぞ!見極めて倒してみろ!やれるもんならなあ!!」
幻たちがそれぞれの人物の声で口を動かし表情を醜く歪ませて挑発してくる。
ザンッ!!
僕は自分の幻を斬った。
迸る血飛沫、苦痛に歪んだ顔。それを見て怯えた顔をする、大切な人のニセモノたち。
つばさも目にいっぱい涙を浮かべて矢を放つ。
彼女が“お母さん”と呼んだ女の人が悲鳴をあげて矢の刺さった左胸を抑えて倒れ込む。
それに駆け寄る、幼い男の子たち。
「つばさ!みんな幻だ!!早く仕留めて帰ろう!!」
『…っはい!』
刀を振った感触もまるで本物の人間を斬ったかのような感覚で気色が悪い。
間違えて本物のつばさを真っ二つにしないようにしなきゃ。
“人殺し!人殺しぃ!”
“そんな娘に育てた覚えはない!”
つばさの家族が、鬼が使っていた刃物を投げて攻撃してくる。
『……っ…最っっっ低!!』
刀でそれを受け流しながらつばさが大粒の涙を零す。
“やれるもんならやってみろ時透!”
“お館様は私たちが守る!”
“お前には生きている価値なんてない!”
“さっさとくたばれクソガキが!!”
柱のみんなが口々に怒鳴り、刃物を投げてくる。
ニセモノがそれぞれの人物が呼吸とか剣技を使えないのが不幸中の幸いだ。柱8人の攻撃まで複製されていたら、たまったもんじゃない。きっと一瞬で、僕もつばさも木っ端微塵になっていただろう。
僕のニセモノも、つばさのニセモノもどんどん増えていく。
“時透さん…私、あなたのことが好きだったのに”
「!?」
静かに涙を流すつばさのニセモノ。
幻だと頭では理解しているのに、刀を振り下ろすのを一瞬躊躇してしまう。
ザクッ
「…うっ……!」
別のつばさのニセモノから、上腕に攻撃を食らってしまった。
…いやでも大丈夫だ。傷は浅い。
ニセモノは倒せばいい。
どれだけ罵声を浴びせられたって幻だ。
本当にみんなが言ってるわけじゃないんだ。
でも厄介なのは、どれが本物のつばさなのか分からないということだ。
判断を間違えたら生身の彼女を斬ってしまう。
『はあっ、はあっ…げほげほっ……』
つばさの息遣いが聞こえる。咳込んでいるのも。
「つばさ、僕の声が聞こえるか!?呼吸を乱すな!整えるんだ!」
『…はいっ!』
どうしたらいい?埒が明かない。
!……そうだ!
「つばさ!矢を放つんだ!」
『えっ!?でも時透さんに当たったら……』
「僕はどれが本物のつばさか分からないうちは君を倒せない!とりあえず矢を射るんだ。数撃ちゃ当たる!つらいかもしれないけど、君の見ている幻にも射るんだ!もちろん刀で斬ってもいい!僕は矢が飛んできたって避けたり刀で弾いたりできるから!!」
『…っ、分かりました!』
つばさの持っている矢だって大量にあるわけじゃない。
弓の弦(つる)がちぎれて使い物にならなくなる可能性だってある。
僕はとりあえず、鬼殺隊の仲間の幻に斬りかかる。自分のニセモノにも。
つばさもまずはとにかく、彼女のニセモノを刀で斬る。
そして、つばさの家族にも矢を放つ。
“椿彩はもう、私の妹です”
『!!』
新しく出てきた胡蝶さんの姿をしたニセモノに、一瞬怯むつばさ。
だけどぐっと弓を引き、矢を射る。
血を流しながら恨めしそうにつばさを見上げる蝶屋敷の人たち。
“つばさちゃん…私たちのことが嫌いになったの?”
“やっぱりあなたを蝶屋敷の一員として受け入れるなんて間違っていたようですね。さっさと死んでください”
なんて奴だ。今のつばさをいちばん近くで支えている人たちの姿でそんな酷い言葉を…!
『しのぶさんやカナヲちゃんたちがそんなこと言うわけないでしょ!!両親や弟たちも!これ以上私の大事な人たちを穢すな!!!』
僕が動くより速く、つばさが刀を振り下ろした。
ザンッ!!
「ぎゃあああああっ!!!」
幻が消え、とうとう本体の鬼が姿を現した。
つばさが斬った胡蝶さんの幻に隠れていたようだ。
醜い鬼の姿に戻り、ぼろぼろと崩れていく。
ああ、よかった。やっと倒せた。
そう思った次の瞬間。
『時透さん危ないっ!』
「えっ?」
ドンッ
ザクッ
ドサッ
「いたた……。え…つば…さ…??」
僕を突き飛ばし、倒れたつばさのお腹に鋭い刃物が刺さっている。
さっきの鬼が使っていたやつだ。
塵になって消える直前に投げてきた、苦し紛れの攻撃だったんだ。
「つばさ!つばさ!しっかりして!!」
抱き起こして声を掛けると、つばさが苦しそうな顔で目を開けた。
『…ぅ…ときとうさん……ケガは…?』
「僕は何ともない!…ごめん、僕を庇って…!」
『…よかっ…た…… 』
力無く微笑んで、つばさは目を閉じてしまった。
朝日で鬼の刃物が消えると、つばさのお腹の傷からどくどくと血が溢れてきた。
まずい。早く止血しなきゃ!
とりあえず傷の確認もしないと……。
「ごめん、つばさ。ちょっと見るよ!」
『………』
返事はない。
つばさの上衣を捲り上げて傷を見る。かなり深い。
僕は隊服の上着を脱いで、シャツも脱いでそれを引き裂いてつばさの傷口にぎゅっと当てる。でもそれもみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
隠の人たちが来るのを待っている時間はない。僕が抱えて蝶屋敷に連れてったほうが早い。急がなきゃ!
止血の布を替えて、細く裂いたシャツを包帯代わりにつばさのお腹に巻いて、彼女を抱きかかえて蝶屋敷へと走った。
ごめん、つばさ。揺れるけど少し我慢して。
僕があの時油断しなければ。
鬼が消える最後の瞬間まで目を光らせていれば…。
ごめん。ごめんね。俺を庇って……。
胡蝶さんの屋敷まであと少しだからね!
つづく