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ゴンドラの唄
鋼塚さんが刀を届けてくれたその翌日、隠の人が私の隊服を持ってきてくれた。
なんでかマッチと灯油を手に、暗黒オーラを放ちながら待ち構える、しのぶさんとカナヲちゃんとアオイちゃん。
縫製係の前田さんは女隊士にやたらと露出度の高い隊服を縫製してそれを着せて喜んでいるらしく、隊士の皆さんから“ゲスメガネ”と呼ばれているんだって。
ちょうど、蜜璃さんの隊服のような。
もしそんなのを持ってきたら躊躇なく燃やしましょうね、としのぶさんが言っていた。
だけど隊服を持ってきてくれたのは、前田さんとは違う縫製係の隠の人。作ったのも前田さんじゃないらしい。
心底嬉しそうに暗黒オーラを消し去った3人。
私も内心かなりほっとした。
私の隊服は、上衣の袖は普通の洋服みたいに腕の長さや太さに合わせた作り。下衣は弓道着のような袴。柱で例えるなら、時透さんの袴に似ている。足捌きが相手に分かりづらくする為に、とのこと。
これから何の呼吸を極めていくかで、もしかしたら隊服の形も変えることがあるかもしれないって。
嬉しいなあ。私だけの、私の為の隊服。
中学校や高校入学の時、新しい制服に初めて袖を通す時のような喜び。
「椿彩、とても似合っていますよ」
『ありがとうございます、しのぶさん。それじゃ、今日は宇随さんのところへ稽古に行ってきます!』
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
『こんにちはー!』
「椿彩ちゃんいらっしゃい!」
「わっ!椿彩ちゃん隊服似合う〜!」
「あら、格好いいじゃない!」
宇髄邸に行くと、3人の奥さんたちが明るく出迎えてくれた。
「よお!よく来たな!隊服も似合ってんじゃねえか!」
音柱様は今日も派手でいらっしゃった。
大きな手で私の頭をわしゃわしゃ撫でくり回す。
「稽古の前によォ、お前の日輪刀見せてくれ!なんかすげえ色だって聞いたぞ」
「私たちも見たーい!」
宇髄さんの言葉に賛同する須磨さん。
まきをさんと雛鶴さんも目を輝かせて頷いている。
『はい!すごく気に入ってるんです。鋼塚さんが打ってくれました』
私は鞘から日輪刀を引き抜く。
しのぶさんが言ってくれた、オパールのように色んな色に輝く、透明感のある乳白色の刀身。
「わあ〜っ!綺麗!!」
「ほんと初めて見る色ね!」
「こんな色の刀もあるのね!」
「すげえな!予想以上だ!!」
4人とも興奮気味に感想を言ってくれる。
『ありがとうございます。しのぶさんがオパールみたいって言ってくれてすごく嬉しかったんですけど、伊之助にはタマムシって言われちゃいました』
「タマムシ!!はっはっはっはっ!!ひぃ~!」
音柱様、ド派手に大爆笑。
奥さんたちもお腹を抱えて笑っている。
ひとしきり笑って、目元を拭いながら宇髄さんが口を開く。
「……おっし!じゃあ稽古始めるとすっか!」
『はい、お願いします!』
宇髄さんの稽古はまず基礎体力向上訓練から始まる。腹筋して、背筋して、走り込み。
それから少し休憩して、木刀を握る。
お昼ごはんは奥さんたちが作ってくれたのをみんなでいただく。
午後からまた軽く稽古をして、おやつには私が作って持ってきたものを出してくれた。
今日は白玉団子に黒蜜ときな粉を掛ける。
「美味しい〜!」
「これ朝作ったんでしょ?なんでこんなに柔らかいの??」
『お豆腐を混ぜて作ったら柔らかさを保ってくれるんです』
「豆腐!!全然気付かなかったぜ」
「またいいもの教えてもらっちゃった!天元様、おやつの種類が増えましたね!」
普段からいっぱいお料理して覚えてきてよかったなあ。
食べてくれた人が喜んでくれて私も嬉しい。
おやつの後でまた少し木刀を振って、夕方には稽古が終わる。
片付けをしながら鼻歌をうたう私に、宇髄さんが声を掛けてきた。
「お前、それ“ゴンドラの唄”じゃねえか?よく知ってんな」
『大好きな曲なんです。小さい頃ひいおばあちゃんが教えてくれて。老人ホームに訪問演奏に行った時もすごく喜ばれて』
「へぇ~。お前歌上手いのな。……なあ、ピアノって弾けたりするか?」
え?ピアノ?
宇髄邸にはピアノがあるの?
『あ、はい。バリバリじゃないけど少しは……』
「おお、そうか!ちょっとついて来い」
『はい』
宇髄さんに連れられて入ったお部屋。
そこにはたくさんの楽器が並んでいた。
アップライトピアノ、お琴、三味線、尺八、アコーディオン、ハーモニカ、ギター、太鼓、などなど。
『わあ!いっぱいありますね!』
「色んな楽器を集めるのが趣味でな。全部弾けるわけではないが」
『触っていいんですか?』
「おう、いいぞ」
私は静かにピアノの蓋を開けて、鍵盤にそっと手を置く。
ポーン
澄んだ音が響く。
まさかこっちの世界に来てピアノが弾けるとは思わなかったなあ。
私は両手を鍵盤に置いて、さっきの“ゴンドラの唄”を弾き始める。
♪いのち短し恋せよおとめ 朱き唇あせぬ間に
熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを
いのち短し恋せよおとめ いざ手を取りてかの舟に
いざ燃ゆる頬を君が頬に ここには誰も来ぬものを
(作詞:吉井勇/作曲:中山晋平)
懐かしい。
ひいおばあちゃんが教えてくれた時のことや、老人ホームで演奏して、利用者さんたちが喜んでくれた思い出が頭の中に鮮やかに蘇る。
いつの間にか奥さんたちもその場に来ていた。
「ピアノ上手ね〜!歌声も綺麗!」
「ずっと聞いていたいわね」
「ピアノ弾きながら歌うって難しいのにすごいわ」
口々に褒められて照れてしまう。
『えへへ…ありがとうございます』
「他にも何か弾いてくれ!」
『はい!』
それから数曲弾きながら歌った。
浜辺の歌、カチューシャの唄、鉄道唱歌(これはとてつもなく長いから一部だけ)など大正時代の曲と、自分がいた時代の曲を少し。
弾き終えると、4人が笑顔で拍手してくれた。
「いいもん聞かせてもらったな!次うちで稽古の時にもまた弾いてくれ!」
『はい!喜んで!』
「やった〜!楽しみ!」
「ねえ、最後にもう1回だけ、ゴンドラの唄お願い」
『わかりました』
私はピアノに向き直り、前奏を弾き始める。
今度は4人も一緒に口ずさんでくれた。
剣の稽古でお世話になっているのに、お歌の時間で締めくくられた。
まあ、たまにはこんな日もいいよね。私も久々にピアノに触ることができて楽しかった。
お夕飯までごちそうになって、帰りは宇髄さんとまきをさんが蝶屋敷まで送ってくれた。
『宇髄さん、まきをさん、今日もありがとうございました』
「こちらこそピアノ聞かせてくれてありがとな!お前がピアノが好きなのが伝わってきたよ。いつでも遊びに来て弾いていいから」
『はい!ありがとうございます』
「絶対また来てね!」
宇髄さんは別れ際にも私の頭をわしゃわしゃ撫でくり回して、まきをさんは私をぎゅっと抱き締めて、2人は手を繋いで帰っていった。
つづく
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