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そんな中でも、結城(ユウキ)氏の視線は幾つものサイトで最高評価を付け続ける、ある存在に気がつく事に成功していた。
考えも無く、無条件で礼讃の声を上げる安っぽいコメントに混ざって、一際(ひときわ)異質さを感じさせる真剣な論調。
挑戦的、デティールの細かさ、想像力をダイレクトに伝える創造力、滲み(にじみ)出る勇気と覚悟、冒険者のような恐れを知らぬ猛々しい創作意欲……
更に、次作に期待、未知への旅人に祝福を、エンドユーザが試されている、時間軸を変遷(へんせん)させる試み、コペルニクスも当時は狂人扱いであった…… 等々……
モニター上に表示されたその異質なコメントのレビュー主のハンドルネームは皆同一の物であった。
それに気がついた時、結城氏は心の奥で強く誓ったのだった。
『このお方の事を、いや御仁(ごじん)のお慈悲を忘れる事は、生涯無いだろう』
と……
実際このエゴサーチによる、『良い気分』、が無ければ、あの日は自宅に辿り着く事は出来なかったのだろうと思う……
ともあれ、この後、何となく良い気持ちにトリップしたメンバー達は、変にハイな感じになってしまい、
『牙を剥く、野獣シリーズ』
『皮を丁寧に剥く、日本猿シリーズ』
さらに、あの奇跡の大ヒット作、
『日焼けの皮を剥く、JKシリーズ』
『日焼けの皮を剥かれちゃう、JCシリーズ』
を立て続けにリリースし、一気に会社を安定軌道に乗せたのだったが、これは、まぁ蛇足であろう。
兎に角、電話の向こうの結城氏は、善悪への言葉を続けた。
吹木(ふいぎ)女史に今回の不具合を報告した時に、一報を入れてくれた自社にとってのヘビーユーザーの存在を……
そして、会員番号と共に告げた顧客名を口にした彼に対して、吹木女史は愕然とした表情で呟いたのだ。
「う、嘘っ? ま、まさか……! っ、ハッピーグッドイーブル…… 貴方…… なの?」
女史はうっすらと涙を浮かべて、その華奢(きゃしゃ)な肩を震わせていた。
落ち着いた後に聞いた所によると、まだ本名で活躍を始めた頃に、彼の愛情溢れるハートウォームなコメントに支えられたのだと言った。
そのお陰で今日まで続けて来れたのだと、力強く表明した彼女の顔は鼻水まみれできちゃなくて、酷くがっかりした物だ。
結城氏自身も、自らの体験を掻い摘んで女史に話し、二人は認識を同じくしたのだそうだ。
信じられぬといった表情で聞き入っていた善悪に、遂にあの奇跡が言葉となって伝えられたのだ。
「それでですね、吹木さんのお持ちの『悪魔もぐら』ですが、彼女自身のたっての希望で、幸福さんに差し上げたいそうです」
「っ!」
「因み(ちなみ)に、最終段階の試作品になりますので…… シリアルナンバーは…… ゼロとなります!」
「な、な! なっ! なんですとおぉぉぉっ!」
そこまで言葉にするのが限界だった。
その後は、結城氏の話す、先に届けられた不良品も特段返品の必要は無い旨の話や、吹木さんのサインを同梱する事なんかに適当な相槌を打つのみだった。
「あー」とか「うー」とか「みー」とか「れー」とか「あわわわ、ガチャ○ン」とか言っている内に電話は終わった。
最後の方で、
「ついでと言っては何ですけどね、私の個人的なコレクションなのですが、目を剥く捕虜の非売品、『七種の捕虜 カレーの美味さに目を剥く』も同梱(どうこん)しますねっ♪」
と、結城氏に言われたので、そこだけははっきりと、
「あ、結構でござる」
と、きっぱり断った善悪である。
確り(しっかり)ものである、頼もしい。
とは言え、自分が知覚していた外で、望外の事が次々と起こり、さしもの善悪も数分の間、茫然自失(ぼうぜんじしつ)の状態であった。
やがて、現実的な思考を取り戻すにつれ、心の奥底から何とも形容しがたい感情が湧いて来のだ。
「シ、シリアル番号が、ゼ、ゼロですとぉおおお! んんんんん! っヒャッハッァァァァァァ! イエックセレ……」
ふぅ、こういう訳であったのだ。