テラーノベル
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#ワンナイトラブ
#御曹司
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それから数日が経った日の午後のこと、午前中からどこか様子のおかしかった希海は顔色が優れず、昼食時も食欲が無いどころか頬も熱を帯びて赤く染まっていた。
「希海くん、お熱計ろうね」
羽衣子が額に手を当てた瞬間、その熱に思わず眉を寄せた。
(結構熱いな……)
すぐに体温計を脇に挟ませ暫くして表示された数字は微熱とはいえ、明らかに平常ではない。
「……やっぱり熱、あるね」
ぐったりと力の抜けた小さな体を抱き上げた羽衣子は足早に医務室へ向かった。
「希海くん、少し横になろうね」
ベッドにそっと寝かせると安心しきれないのか希海はすぐに小さくぐずり始める。
息も少し荒く苦しそうだ。
「希海くんのお父さんに連絡して来ます」
傍についていた他の保育士に声をかけた羽衣子は一度医務室を出ると、すぐに保護者である昴へ電話をかける。
しかし、呼び出し音は何度鳴っても途切れることなく続くだけ。
「……出ない」
もう一度かけ直すが、やはり結果は同じだった。
(仕事中……なんだろうけど、でも、緊急時の連絡なので出て欲しいって伝えてるのに……)
胸の奥に小さな不安が広がるも、このまま何もしない訳にもいかない羽衣子は息を整えた。
「……仕方ない、緊急連絡先に……」
登録されている別の番号へ発信すると数コールの後、相手はすぐに電話に出た。
事情を簡潔に伝えると、「すぐ行きます」と短く返事があり、そのまま通話は切れた。
それから三十分程後、園の玄関に現れたのは羽衣子と同年代の青年だった。
「どうもー、迎えに来ました」
軽く手を挙げるその男は人懐っこい笑みを浮かべているが、金髪に両耳のピアス、派手な柄シャツにスーツという出で立ちはどこか目を引くものがあった。
「えっと……希海くんの……?」
戸惑いながら問いかける羽衣子に男はあっさりと答える。
「そっす。まあ、親戚……みたいなモンですよ」
にこりと笑うその様子に羽衣子は一瞬躊躇いながらも小さく頷いた。
(緊急連絡先に登録されてるなら、大丈夫……だよね)
自分に言い聞かせるようにして羽衣子は男を医務室へ案内する。
「希海くん、お迎え来たよ」
ベッドの上でウトウトしていた希海に声をかけるとゆっくりと瞼が開き、男の姿を認識した瞬間――その表情が一変する。
「パ、パパじゃないっ……パパがいい!」
小さな首を振りながら希海は羽衣子のエプロンをぎゅっと掴んだ。
「パパがいい……っ、せんせがいい……っ」
次第に声は震え大粒の涙が溢れ出していた。
「希海、パパは今忙しいんだよ。今日は俺と帰ろ、な?」
男は苦笑しながら優しく声をかけるが希海は首を横に振るばかりで、羽衣子から手を離そうとしない。
羽衣子は困惑する男へ視線を向けた。
「熱もあって、きっと不安なんだと思います……」
「うーん、そうは言ってもなぁ……」
男は肩を竦めると、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「……仕方ねぇ、このままじゃ埒が明かなねぇから……昴さんに連絡するか……」
そして、そう言いながら迷いなく電話をかけた。
「――あ、忙しいとこすんません。今、保育園に来てるんすけど、希海が俺じゃヤダって聞かなくて……。保育士さんが、熱もあるから不安なんだろうって……あ、そうっすか? 分かりました、それじゃあお願いします」
短いやり取りを終えた男はスマートフォンを耳から離すと羽衣子へ向き直った。
「昴さん、すぐ来るってさ」
「……え?」
「希海の父親、仕事抜けてくるって」
あまりにもあっさりとした返答に羽衣子は思わず目を見開いた。
さっき何度電話しても繋がらなかったのに――そう思う一方で、父親が直接来てくれるのなら安心だと、ひとまず胸を撫で下ろす羽衣子。
それから暫くして、再び園の扉が開いた。
「――遅くなりました」
やや息を乱しながら現れたのは昴だった。
「パパぁ……っ」
その姿を見た瞬間、希海は涙声で手を伸ばす。
昴はすぐに駆け寄りその小さな体を優しく抱き上げた。
「ごめんな、遅くなって」
低く穏やかな声にいつもと変わらぬ優しげな表情。
だけど、
「……っ」
羽衣子は思わず息を呑む。
昴の右頬が薄く腫れて赤黒く変色していたから。
「……あの、その頬……」
思わず口にすると昴は一瞬だけ羽衣子へ視線を向ける。
「ああ……これですか」
そう言って軽く傷口に触れた。
「ちょっとぶつけただけなので、大したことはありません」
「でも……手当、した方が……」
心配が先に立ち羽衣子がそう申し出るも、昴は小さく首を横に振った。
「いえ、本当に大丈夫ですので」
その言い方は柔らかいものの、これ以上踏み込ませないという意思が滲んでいる気がした。
「……すみません、今日はこのまま帰ります」
そう告げて希海を抱き直すと、昴は先に来ていた男へ軽く目配せをする。
「車を回してくれ」
「了解っす」
男は頷くと羽衣子に軽く会釈をして部屋を出て行った。
「それじゃあ、失礼します」
「あ、はい……お大事に……」
希海の荷物を手渡しながら羽衣子はただ二人の背中を見送ることしか出来なかった。
静けさが戻った室内で、ふと先程の光景が脳裏に蘇る。
(……あの怪我……)
昴の頬に残っていたあまりにも不自然な傷。
(ぶつけたって言ってたけど、本当にそうなの? もしかして喧嘩……? でも、会社にいるはずなのに……あんな……)
そして、不意に思い出す。
あの夜、繁華街で見かけた彼に良く似た男の存在を。
その男の冷たい眼差しと張り詰めた空気、そして周囲に控えていた怪しげな男たちの存在を。
(……やっぱり……)
そこまで考えかけて羽衣子は小さく首を振った。
「……考えすぎ、だよね」
そう呟いてみても胸の奥に残る違和感は消えないが、それでも今は目の前の仕事に戻るしかなく、羽衣子は気持ちを切り替えるように息をつき、他の園児たちの元へ戻って行った。
コメント
1件
うわあ…。希海くんが熱出してぐずってるところ、切なくて胸がぎゅっとなったよ。パパじゃないと嫌って泣く姿、すごくリアルで…。あと、昴さんの頬の傷。絶対「ぶつけた」だけじゃないよね。羽衣子先生の違和感、読んでるこっちにもひしひし伝わってきた。続きがすごく気になります…!🥀