コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
泣きたくなかったのに泣いてしまった。
涙を見られたくなくてうつむいた時、レイが言う。
『……さっき一緒にいたやつは、ミオの父親の、もうひとりの娘だよ。
名前はリオン。
あの路地にあるドラッグストアで、アルバイトをしている』
言われた意味がわからなかった。
だけど私は顔をあげ、目を開いてレイを見る。
『タナバタの日に、ケイコに尋ねたんだ。
ミオが「家族」じゃなくて「居候」なのはどうしてかを。
ケイコは迷いつつも、少しだけ話をしてくれたよ。
その時、ミオの父親がL・Aじゃなくて東京に住んでいることを知った。
ミオの父親に、ミオ以外の娘がいることも』
耳には届いていても、なにも感じない。
まるで遠い世界の話を聞いているようだった。
それでもだんだんと心臓が激しく動きだす。
『ケイコから聞いた話はそこまでだった。
それからいろいろと調べて、リオンが大学生で、この近くでアルバイトをしていることを知った。
キスは……父親と引きあわせる条件にリオンに出された。
まぁ、結局ミオがきて未遂になったから、その約束はしてもらえなかったけど』
それを聞いて、また心臓が音をたてた。
あの人が……お父さんの、もうひとりの娘……?
その人にキスされようとしていたのは、「対価」のためだっていうの?
言葉が出なかった。
頭の中で複雑に絡み合って、どんどんぐちゃぐちゃになっていく。
『どうする? もっと知りたい?
これ以上は、ミオが知りたくないこともあるかもよ』
静かに尋ねられ、心臓が大きく揺れる。
たしかにそうかもしれない。
けど―――。
ずっと知りたかったお父さんのことだ。
私は迷いながらも頷いていた。
レイがベッドの傍に座り、同じ高さで目線が重なる。
『ミオの父親は、ミオの母親と結婚する前から、リオンの母親とも同時に付き合っていた。
ミオの母親との結婚が決まってすぐ、リオンの母親が妊娠した。
ミオの父親はそれを隠してミオの母親と結婚。それからリオンが産まれた。
ミオの父親はミオの母親と離婚後、リオンの母親と再婚したらしい』
レイの口から「事実」が話される。
それは私にとって、衝撃的というよりは、じわじわ心に迫ってくる感じだった。
私はお父さんの記憶がほとんどなく、印象もない。
はっきりわかっているのは写真での顔だけで、そのお父さんを何年もの間眺め続けていた。
お父さんは優しい笑顔で写っている。
だから、勝手に固まったイメージは簡単に崩れそうになかった。
話を聞いてもまだ、私は勝手にお父さんを優しい人だと思っているから。
『L・Aにはリオンの母親が仕事でしばらく住んでいたらしくて、再婚してミオの父親も渡米した。
それで、日本に帰国する時にケイコに手紙を書いたらしいけど、その手紙をケイコは破いたんだって?
……まぁ、ケイコは我慢ならなかったんだろうな』
かすかに眉を下げる彼には、憐憫の情が浮かんでいた。
扇風機の回る音が耳につく。
ずっと長い間、お父さんのことが知りたかった。
だけど、知りたかったお父さんのことを知って、今私はどんな気持ちだろう。
思いはまとまらないし、なにより、どれだけ聞いてもなぜか遠い世界の話に聞こえる。
……あぁ、けど……たぶんそうだ。
私の手の届かない遠い場所で、お父さんの世界が回っているからそう思うんだ。
『ミオ』
レイに呼ばれてはっとした。
泣きそうになっていたと気付き、慌てて言う。
『ご、ごめん。
その……さっき怒鳴って』
私の肉親はお父さんだけだ。
だけどそのお父さんに別の家族がいるのなら、私にもう家族はいない。
悲しいけど、調べてくれたレイに辛い気持ちを悟られたくなかった。
『……あぁ』
一呼吸遅れて、レイは笑った。
それから手を伸ばし、私の頬を撫でる。
ただそれだけのことなのに胸が詰まって、泣かずにいようとしたのに、涙が零れそうになった。
……レイ。
お父さんのこと、調べてくれてありがとう。
けど、私がこれを言えば怒るかな。
言う権利なんてないってわかってるよ。
けど、どんな理由があれ、私以外の人とキスしてほしくないんだ。