テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
30
7
5,503
泣きたくなかったのに泣いてしまった。
涙を見られたくなくてうつむいた時、レイが言う。
『……さっき一緒にいたやつは、ミオの父親の、もうひとりの娘だよ。
名前はリオン。
あの路地にあるドラッグストアで、アルバイトをしている』
言われた意味がわからなかった。
だけど私は顔をあげ、目を開いてレイを見る。
『タナバタの日に、ケイコに尋ねたんだ。
ミオが「家族」じゃなくて「居候」なのはどうしてかを。
ケイコは迷いつつも、少しだけ話をしてくれたよ。
その時、ミオの父親がL・Aじゃなくて東京に住んでいることを知った。
ミオの父親に、ミオ以外の娘がいることも』
耳には届いていても、なにも感じない。
まるで遠い世界の話を聞いているようだった。
それでもだんだんと心臓が激しく動きだす。
『ケイコから聞いた話はそこまでだった。
それからいろいろと調べて、リオンが大学生で、この近くでアルバイトをしていることを知った。
キスは……父親と引きあわせる条件にリオンに出された。
まぁ、結局ミオがきて未遂になったから、その約束はしてもらえなかったけど』
それを聞いて、また心臓が音をたてた。
あの人が……お父さんの、もうひとりの娘……?
その人にキスされようとしていたのは、「対価」のためだっていうの?
言葉が出なかった。
頭の中で複雑に絡み合って、どんどんぐちゃぐちゃになっていく。
『どうする? もっと知りたい?
これ以上は、ミオが知りたくないこともあるかもよ』
静かに尋ねられ、心臓が大きく揺れる。
たしかにそうかもしれない。
けど―――。
ずっと知りたかったお父さんのことだ。
私は迷いながらも頷いていた。
レイがベッドの傍に座り、同じ高さで目線が重なる。
『ミオの父親は、ミオの母親と結婚する前から、リオンの母親とも同時に付き合っていた。
ミオの母親との結婚が決まってすぐ、リオンの母親が妊娠した。
ミオの父親はそれを隠してミオの母親と結婚。それからリオンが産まれた。
ミオの父親はミオの母親と離婚後、リオンの母親と再婚したらしい』
レイの口から「事実」が話される。
それは私にとって、衝撃的というよりは、じわじわ心に迫ってくる感じだった。
私はお父さんの記憶がほとんどなく、印象もない。
はっきりわかっているのは写真での顔だけで、そのお父さんを何年もの間眺め続けていた。
お父さんは優しい笑顔で写っている。
だから、勝手に固まったイメージは簡単に崩れそうになかった。
話を聞いてもまだ、私は勝手にお父さんを優しい人だと思っているから。
『L・Aにはリオンの母親が仕事でしばらく住んでいたらしくて、再婚してミオの父親も渡米した。
それで、日本に帰国する時にケイコに手紙を書いたらしいけど、その手紙をケイコは破いたんだって?
……まぁ、ケイコは我慢ならなかったんだろうな』
かすかに眉を下げる彼には、憐憫の情が浮かんでいた。
扇風機の回る音が耳につく。
ずっと長い間、お父さんのことが知りたかった。
だけど、知りたかったお父さんのことを知って、今私はどんな気持ちだろう。
思いはまとまらないし、なにより、どれだけ聞いてもなぜか遠い世界の話に聞こえる。
……あぁ、けど……たぶんそうだ。
私の手の届かない遠い場所で、お父さんの世界が回っているからそう思うんだ。
『ミオ』
レイに呼ばれてはっとした。
泣きそうになっていたと気付き、慌てて言う。
『ご、ごめん。
その……さっき怒鳴って』
私の肉親はお父さんだけだ。
だけどそのお父さんに別の家族がいるのなら、私にもう家族はいない。
悲しいけど、調べてくれたレイに辛い気持ちを悟られたくなかった。
『……あぁ』
一呼吸遅れて、レイは笑った。
それから手を伸ばし、私の頬を撫でる。
ただそれだけのことなのに胸が詰まって、泣かずにいようとしたのに、涙が零れそうになった。
……レイ。
お父さんのこと、調べてくれてありがとう。
けど、私がこれを言えば怒るかな。
言う権利なんてないってわかってるよ。
けど、どんな理由があれ、私以外の人とキスしてほしくないんだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!