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着替えてきた美冬を見て車に乗って待っていた槙野が目を軽く見開いた。 オフホワイトに黒のサテンで飾られた清楚なイメージのワンピースにパールのネックレスを合わせていたのだ。
それはまさしく清楚なお嬢様風で、婚約者の家に挨拶に行くお手本のような服装だった。
「本当に押さえてくるよな、美冬は……」
「だって指輪を見にジュエリーショップに行って、その後は槙野さんのお家でしょう?」
「清楚で好印象。さすがだな」
そう褒めてエンジンをかける槙野を美冬は助手席からじっと見つめた。
視線に気づいた槙野が尋ねたのは美冬が何か言いたげに見えたからだ。
「何だ? どうした?」
「祐輔って、そうやってすぐ褒めてくれるのね。それってすごく嬉しい。厳しくてよく見ている祐輔だからこそなんか褒められるとすごく価値がある気がするわ。きっと会社でもそうだと思う」
槙野のことをそんな風に評する人は少ない。特に女性では尚更そうだ。
「本当に美冬は得難いよ」
恋愛感情だけではないから冷静に槙野のことを見ることができるのだろうか。甘いだけの気持ちではないから。
──夢中にさせたい。俺だけしか目に入らなくて、溺れるように好きにさせたい。
自分はこんなに愛おしい気持ちにもうさせられているのだから。
* * *
ジュエリーショップでは槙野は予約をしておいてくれたようで、店に入る際に名乗ると奥の個室に案内される。
個室に入るとクラシカルな雰囲気の内装にアンティークで統一された家具の置かれた部屋が用意されていた。
「この度はおめでとうございます」
と美冬は店員から笑顔で小さなブーケを渡される。
ありがとうございます、と美冬も笑顔で受け取った。
清楚でお人形のように可愛らしい美冬に微笑まれて店員もつい頬を赤らめる。女性店員だったのが幸いと言わざるを得ない。
「本日はエンゲージリングをお探しとお伺いしております」
「いくつか希望を言っておいたけれど」
「ご準備させていただいております」
店員と槙野とのやり取りはスムーズで、時間のない人がいかに時間を無駄にしないかというのを美冬は目の当たりにした気がした。
実際に美冬は指輪をつけながら、槙野にも見てもらう。
割とどうでもいいのかと思うと
「さっきのがよくないか?」
などと意見も言ってくれたりして、槙野はショッピングを一緒に楽しめる相手だということも分かった。
美冬も気に入ったのだけれど、槙野が美冬に似合うと選んでくれたのは、センターにダイヤモンドが配置されサイドにバゲットカットのサイドストーンが付いたものだ。
煌びやかでありながら派手すぎないデザインがいい。
「可愛いし、シンプル!」
「そうだな、美冬にも似合ってる。披露宴をするまではちゃんとつけていろよ」
「槙野様、大変恐れ入りますが……」
担当者が言うにはオーダーのため、渡すまでに時間がかかるという話だった。完成までに二週間ほどかかるというのだ。
「まあ、そうか」
怒るわけでもなく頷いた槙野はすぐにつけて帰れるものはあるかと尋ねる。
──え? まさか……。
ここのブランドの指輪がとんでもない金額することは美冬はもちろん知っている。
担当者が席を外したすきに、美冬は槙野の耳元に囁いた。
「ちょ……、まさか買う気?」
「それはそうだろう。でなければ持ってこさせない」
「だって……」
「高いとか言うなよ? 美冬のためじゃない。俺がつけさせたいんだ」
そう言って槙野は美冬の左手を取り、薬指をするりと撫でる。
「美冬のここに俺がプレゼントした指輪をつけることでお前には首輪が付いたも同然なんだよ」
そんな風に囁いて、美冬の首元に指を滑らせる。
飼い主は自分だとでも言いたげで、ちょっと腹が立つのに、超絶に色気があるのは本当に腹が立つ。
飼いならすのは自分だったはずなのに、飼いならされるのはすごく悔しい。
「独占欲つよ……」
美冬がかろうじて言い返せたのはそれだけだ。
「そうだ。覚えておけよ?」
それにもさらりと言って余裕な表情で笑うのはどうなんだろう。
──むかつくぐらいカッコいいわ。
「あとで、私にも付き合ってね」
自分も首輪をつけるのだ!
美冬も力が入ってしまった。
担当者は店頭から美冬に合いそうで、ダイヤモンドのついた指輪をいくつか持ってきた。
その中で二人でまた手ごろなものを選ぶ。
もう美冬は現実感がなくなってきた。
最終的に槙野が選んだものをその場でこのままつけて帰るということになったのだ。
精算の時に槙野が店員に黒いカードを渡しているのを美冬は見る。
(なるほどー、センチュリオンホルダーな訳ね)
それは通称ブラックカードと呼ばれるもので、億の決済すら可能なカードだ。作りたいから作れるというものではなくカード会社からのインビテーション、つまり招待がないと作ることはできない。
センチュリオンと呼ばれるそのカードを持つ人をセンチュリオンホルダーと呼ぶ。
このショップの婚約指輪にはもちろん値札などついていないが、美冬の知識では300万超のはずだ。先程、首輪代わりにと購入した指輪は約100万円。
──ポンとそれを買い与えちゃうんだ。
美冬が自分のものだと主張するために。
指に嵌められた指輪を手を広げてもう一度美冬は見てみる。キラキラと指を飾っていて……言うなれば、主張がすごい。
それでもとても綺麗だったし、やはり嬉しい。
「似合うぞ」
「ありがとう」
美冬のその言葉に対して、槙野は嬉しそうな笑顔になった。
「気に入ったのなら良かった」
「指輪だけど、首輪なのかぁ。面白いわね」
そして美冬は首を傾げた。
契約婚……よね?
その後、美冬は槙野に頼んで車をデパートに回してもらうことにする。
──よしっ! 首輪を買ってあげる!
美冬が槙野を連れて行ったのは特選フロアというラグジュアリーブランドの階だ。
そこでいつもは祖父や父へのプレゼントを買っている美冬が若い男性を連れてきているのに、担当の紳士服の販売員が驚いていた。
「新作のネクタイを見せてもらっていい?」
「もちろんです。こちらの方にですか?」
「ええ。婚約者なの」
美冬がキッパリそう言うと槙野は苦笑していた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。椿様にはいつも大変お世話になっております。どうぞご贔屓に」
今日の槙野は紺地にストライプのスリーピースのスーツでシャツは淡いブルーだ。
今つけているのは臙脂のネクタイでそれも似合っている。
「シルクのソリッドネクタイ、すごく素敵だわ」
ラベンダーカラーのネクタイを手に取って美冬は槙野の襟元に当てる。
そして「うん!」と頷くと鏡の前に槙野を引っ張っていった。
「見て?」
光沢のあるシルク素材とラベンダーという一見華やかそうな色合いもソリッドという柄のないシンプルなデザインのため、紺色のスーツにとても映える。
槙野は驚いた。
「いいな……」
「でしょ? すごく似合うわ」
そう言って美冬は今槙野がつけているネクタイをシュルっと外してしまう。
まさか、ネクタイを外すとは思わなくてつい美冬を見てしまうと、美冬はにこっと笑った。
そして綺麗に槙野のシャツの襟元を立ててから丁寧にネクタイを結び始める。
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