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相談がある——
そんな岩本の一言で始まった阿部不在の飲み会は、核心に触れないまま、すでに1時間を経過していた。
岩本はほとんど飲まず、緊張しているのか口数も少ない。
メンバーたちは、最初こそ普通に飲み会を楽しんでいたが、あまりにも岩本が本題に入らないので、次第にそわそわし出していた。互いの表情を窺いながら、誰かが促すのを待っている。
阿部以外が集められた時点で、相談が阿部にまつわることだというのは、皆、察していたが、それが良いことなのか悪いことなのか分からず、聞くのが怖い気もしていた。
ちらりと佐久間が深澤を見た。気づくと皆、深澤を見ていた。
(…俺かよ)
グラスを傾け、深澤は憂鬱な気分になる。それでも、このままだと話が進展しないのも事実。
「照、相談って何」
深澤は皆を代表して切り出した。
岩本は顔を上げる。全員の目が自分を見ているのに気づき、観念したように息を吐いた。
「実は…、その、阿部に、プロポーズ…的なの、した…」
岩本はたどたどしく言った。自分では普通に発声したつもりだったが、出た声は小さくて弱々しかった。
プロポーズ、というワードに皆がハッと息を飲んだ。
「照にぃ、プロポーズしたん!?」
沈黙を破って向井が声を上げた。
「おぉ、マジか照」
佐久間が身を乗り出す。
「え、結婚してくださいって?」
目を輝かせたラウールは、指輪の箱を開けるジェスチャーをしてみせる。
「覚悟決めたか。すごいな」
感嘆の表情で言う渡辺の隣で、宮舘は「よかった、よかった」としみじみ頷いた。
「阿部ちゃんは、なんて返したの?」
目黒が淡く微笑んで尋ねる。
「…俺の残りの人生、責任もって預かるからって」
岩本は照れくさそうに明かした。その顔には幸せが溢れている。目黒は目を細めた。
「…断られなくて良かったね」
からかうような言い方に祝福を込めた。
「なんだ。めでたい報告だったな」
深澤はホッとして胸を撫で下ろした。ずっと岩本が深刻そうな顔をしていたから、悪い報告の覚悟もしていたのだ。
「もっと明るい顔しとけよな」
岩本の背中を軽く叩いて、グラスに残ったビールを飲み干す。他のメンバーも安心した顔になっていた。
「…それでさ、相談なんだけど」
岩本が再び神妙な顔になって切り出した。
「なんか…したいんだけど、どう思う?」
メンバー全員、ポカンとした。どうとも答えようのないふわっとした質問。
「なんかしたい、って何だよ」
渡辺が聞き返した。
「いや、ごめん…」
言葉足らずだったと、岩本も反省する。そして一つ息を吐くと、姿勢を正した。
「区切りになるようなことをしたいんだけど、何がいいのかなって」
改めて言う。
「区切り、か」
深澤が小さく反芻する。
「普通なら結婚式とかちゃうん?」
「指輪とかね」
向井の言葉にラウールは、楽しそうに続けた。
「でもさ、阿部はそういう大袈裟なのはいいって言うんだよな。あいつ、自分たちは『普通』とは違うからって、どっかで思ってるみたいで」
『普通』の呪縛は根が深くて、阿部はまだ無意識に線引きをしている。でもだからこそ、岩本は記憶に残る何かをしたいのだった。
「……あいつがさ、自分たちは普通じゃないからって、最初から諦めてるみたいなのが嫌なんだよ」
「阿部ちゃん、真面目すぎんだよな…」
佐久間がぽつりと呟く。
「頭良いから、考えすぎちゃうんだよ」
真面目で聡明なのは阿部の長所だが、それゆえに常識に囚われすぎてしまうのだろう。
「なら、俺たちだけでやる?」
目黒が切り出した。
「おめでとう会」
渡辺が思わず笑った。
「なんだその会」
「結婚式ほど大袈裟じゃなくて、飲み会よりはちゃんとしてる、お祝いの会」
目黒の説明に深澤が、いいじゃん、と呟いた。
「メンバーだけの会なら、阿部も気負わず楽しんでくれるんじゃないかな」
宮舘の言葉に岩本も表情を明るくする。確かにそれなら阿部も気兼ねがないだろう。
「会場は、ツテがあるから借りられる。コスプレイヤー御用達の、雰囲気いいスタジオあるんだよね」
佐久間が身を乗り出して提案した。
「料理とケーキは俺が頼んどく」
宮舘が言う。
「あ、じゃあ俺、指輪の準備手伝えるよ」
ラウールが挙手した。
「岩本くん、後で指のサイズだけちょうだいね」
「当日の写真は、俺に任せてな。とっておきのカメラで撮ったるから」
向井が指でフレームを作りながら言う。いつかの花火の写真を思い出し、彼の写真なら良い写真になるだろうな、と岩本は思った。
「じゃあ、俺は…えーと、何しよう」
渡辺が、次々決まる役割分担に戸惑いながら口を開く。
「じゃ、しょっぴーは花担当で」
目黒が言った。
「花?」
「会場飾る花。あとブーケとか、花束とかさ」
言われて渡辺はなるほど、と納得する。
「俺は、いいシャンパン用意する」
どの銘柄にしようかと、目黒は思案した。
「請求書は、俺に回せ」
黙って聞いていた深澤が、口を開いた。
「いや、費用は俺が——」
慌てて岩本が言う。が、深澤は人差し指を口の前に立てて彼を黙らせた。
「黙って祝われろ」
深澤の言葉に岩本は、照れたように笑った。
爽やかな快晴の日。
華やかに飾り付けられた小さな会場に、岩本と阿部を除く7人はいた。
皆、正装で少し緊張している。
ドアが開く音がして、先に岩本が入ってきた。彼もまた緊張した顔をしていたが、7人の姿を見て少し微笑んだ。
その後ろから、阿部がひょっこり顔だけ先に出して、はにかんだような笑みを浮かべた。岩本が手を差し伸べると、その手を取って部屋に入る。
ゆったりと袖の広がった、純白のレースのトップスに、同素材のワイドパンツ。柔らかく揺れるそのシルエットは、ロングスカートのようにも見える。派手な露出はしていないが、袖のレースの部分から肌が透けていて、清楚な雰囲気に少しの色っぽさがあった。
その装いは実に阿部らしく、上品でいてどこか幻想的でもあった。繊細なレースを纏った阿部の姿に、集まった7人は思わず感嘆の声を漏らす。
「…あべちゃん、めっちゃ綺麗」
ラウールが感極まったように呟くと、静まり返っていた室内に一気に歓声が広がる。
「めちゃくちゃ似合ってるやん、あべちゃん! ほんまにお姫様みたいやで!」
「おい康二、男に対してお姫様はねぇだろ……いやでも、マジで似合ってるわ」
カメラを構えながら早くも目を潤ませる向井に、渡辺がツッコミを入れつつも、素直に褒めた。
阿部は、ふふ、と笑うとその場でくるりと回って見せる。
「みんなもカッコいいじゃん」
そして、正装のメンバーを見て照れたように言った。
花とバルーンで飾られた部屋と、並んだ料理、それにテーブルの真ん中に置かれた大きなケーキを見て、阿部は岩本を見る。
「みんなが準備してくれたんだ」
岩本が言うと、阿部の目が潤んだ。
「みんな、ありがとう…」
「泣くの早いよ、あべちゃん!」
佐久間が自分も目を潤ませながら言う。
「ほら、主役はここ」
目黒が促し、岩本と阿部を誘導した。
チャペル風の祭壇がある壁際に、二人を向かい合わせて立たせる。
神父風の装いをした宮舘が、厳かな面持ちで登場すると、二人は笑いそうになり、俯いて笑いを堪えた。
「静粛に」
宮舘が重厚な声で制すと、二人は慌てて表情を作った。
胸ポケットから折り畳んだ一枚の紙を取り出し、宮舘は恭しく広げる。
「本日、ここに集いし9人の絆と、おふたりの新たなる門出を祝し……誓いの言葉を」
「待って舘さん、それ台本?」
阿部が思わずツッコミを入れるが、宮舘は眉ひとつ動かさずに頷き、言葉を続けた。
「……互いを慈しみ、どんな時も共に歩むことを誓いますか?」
岩本は阿部の目を真っ直ぐに見つめ、「誓います」と力強く答えた。阿部も照れくさそうに、けれど決意を込めて「誓います」と微笑む。
「では、指輪の交換を」
宮舘の合図で、ラウールが大事そうに小さな箱を差し出した。岩本が取り出したのは、シンプルなデザインのリング。阿部の左手の薬指にそっと通すと、阿部は少し震える手で岩本の指にも同じものを嵌めた。
「よしっ、指輪入った! 誓いのキス!」
佐久間が待ちきれない様子で声を上げると、渡辺が「お前が煽るな!」と笑いながら肩を叩く。
岩本は阿部の手を取り、額にそっと唇を寄せた。互いの温もりが伝わり、阿部の目からついに溢れ落ちた涙が、頬を伝った。
「……あべちゃん、泣くなよー」
向井がシャッターを切りながら、ぽろぽろと涙を零していた。
おめでとう、と誰からともなく声が上がり、温かい拍手に包まれる。
「ありがとう。…ははっ、泣けてきちゃった」
阿部は指で涙を拭いながら笑った。岩本もまた、彼の隣でぐっと奥歯を噛み締め、涙を堪えた。
「乾杯しよう」
深澤が言って、シャンパンの栓を抜く。配られたグラスに祝福の泡が注がれた。
「それじゃあ、ふたりの最高な未来に——乾杯!」
深澤の音頭で掲げられた九つのグラスが触れ合い、幸せな音を響かせた。
乾杯の後、九人は少しいつもの雰囲気に戻って、立食形式の食事を始めた。
「後でアレやるよ、あの、ケーキ食べさせ合いっこするやつ」
佐久間が阿部のところにやってきて、楽しそうに言った。
「ファーストバイトね」
笑いながら阿部が言う。
「そう、それ!」と言って、佐久間はまた料理の卓に戻っていった。
ふと阿部は、指にはめられた指輪を見る。
「それ、後でチェーン通してペンダントにしよう」
岩本は阿部の視線に気付き、提案した。
「その方がいいでしょ」
仕事柄、指輪は着けづらい。確かにペンダントなら目立たないからいいな、と阿部は思った。
何の気なしに指輪を抜く。
そして内側に何か彫ってあるのを見つけた。
定番なのは、イニシャルや日付だろうか。
阿部は指輪を傾けて、刻印を見る。
それは数字だった。
「3.14159265…」
「円周率だよ」
岩本が言った。
阿部は、だよね、と呟き、不思議そうに岩本を見る。
「これはラウールのアイデアなんだけどさ」
「ラウ?」
「円周率って終わりないじゃん?だから、永遠に続きますようにって意味を込めて。阿部にぴったりでしょ」
——永遠に続きますように。
その数字の意味を知って、阿部はまた目頭が熱くなるのを感じた。
込み上げる感情に突き動かされ、岩本の頬を両手で包み、その唇に口付ける。
唐突な阿部からのキスに岩本は驚き、目を閉じるのも忘れて棒立ちになる。
それを見て向井が、慌ててカメラを向けた。
いつまでも岩本と共にありたい。
そう阿部は心から願った。
病める時も、健やかなる時も。
死が二人を別つまで——
M_Yuzu
752
#BL
にゅうひん☆
10,905
コメント
17件
素敵すぎる最終回で涙が出てきます🥹いつまでも皆が幸せでありますように✨️ 指輪の円周率が粋でこれまた感動しております✨️✨️
最高のエンディングありがとうございます✨ にゅうひん✩さんの描く💛💚、そしてメンバーが大好きで何度も何度も読み返しています!素敵な作品に出会えて幸せです(*´▽`人)
とてもステキな最高な作品ありがとうございました😭何度も読まさせていただいてました。すてきな終わり方で胸がいっぱいです ありがとうございました(,,ᴗ ̫ᴗ,,)