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鍵は、開いていた。
誰もいない屋上。
夕日が校舎の壁を染めて、鈍く、沈んだ光だけが広がっている。
空気が冷たい。
風が吹くたび、制服の裾がぱたぱたと鳴った。
遥は柵に近づくこともなく、ただ扉のそばで立ち尽くしていた。
身体が軽い。
何かを置き忘れたみたいに、手のひらが空っぽだった。
頭の中では、まだ蓮司の声がこだましていた。
“壊す側”
“独占欲”
“優しさなんて知らないくせに”
全部、自分の奥のどこかに引っかかっていて、
それが事実じゃないと否定することすら、もうできなかった。
──守りたかった、なんて、
そんなの、ただの言い訳だったのかもしれない。
「……はあ」
小さく息を吐く。
風に混じって、声がすぐに空に溶けた。
泣ければ、少しは楽になれるんだろうか。
でも、それすらできない。
涙は出ない。
喉の奥が痛いだけ。
「……あいつに触れるな、なんてさ」
そんなこと言ったくせに。
どの口が言ったんだろう。
蓮司の手よりも、自分の手の方が、よほど醜かった。
日下部を守りたかったんじゃない。
奪われたくなかっただけ。
汚されるのが嫌だったんじゃない。
自分よりも先に、誰かの手に落ちるのが許せなかっただけ。
そんな気がして、吐き気がした。
「……なんで、こんな、なんだよ」
誰に向けた言葉でもなかった。
声にすることで、自分の存在がぐらぐらと傾いた。
遠くでチャイムが鳴った。
夕方の終わりを告げる音。
それでも遥は、そこから動けなかった。
風の音、空の色、冷えた空気。
全部が、ただ「一人きりだ」と教えてくる。
それでも──
まだ、崩れきりたくなかった。
泣くのは、違う。
謝るのも、逃げきるのも、今じゃない。
ただ、ここに立ってる。
それだけしかできなかった。
──それでも、今は、それでいい。
そう、自分に言い聞かせるように、
遥は、誰もいない屋上に、ぽつんと立っていた。