テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
深層――
闇ないこが静かに“ないこの一部”へと戻った後。
空間はゆっくりと収束し、白と黒の霧がやさしく混ざり合っていく。
ないこは静かに目を閉じて、胸に手をあてる。
――全部が、繋がった。
過去の痛み、声を失った理由、そして闇として分かたれた自分。
それを受け入れた今、残された問いが一つだけあった。
ないこ: ……僕の名前って、なんだったんだろう。
冬心と累がそっと現れる。
二人とも、もう“過去の記憶”ではない。“今”のないこを見守る存在として、そこにいる。
冬心(静かに): 君がこの世界で“ないこ”と名乗ったのは、偶然だったんだよね。
ないこ(目を伏せながら): ……うん。
***
映像が広がる。
――まだ、活動も何もしていなかった頃。
初めての、たった一人の無名配信。
顔も出さず、名前もなく、ただ画面に表示される「名無しさん」の状態で、震える声でマイクをオンにした。
???(コメント): 誰?
???(コメント): 名前ないの?
???(コメント): 名前ない子ちゃんかwww
その時、画面に流れたコメント。
> 「名前ないこちゃんかw」
ないこ(回想の声): ……うん、それでいいや。
僕には、名前なんて……まだ、いらないから。
そうして、表示名を変えた――「ないこ」。
誰も知らない自分。
誰にも必要とされない自分。
それでも、誰かに呼ばれる“音”が欲しかった。
だから、“ない”から始まった。
***
現在の深層。
ないこ: あのとき、傷つかなかったって言えば、嘘になる。
でも、“誰かが僕を呼んだ”ことが嬉しかったんだ。
名前を持たない僕に、初めて誰かが気づいてくれたから。
累(やさしく): その時、君は自分を“定義”したんだね。
「ない」っていう仮の姿で、それでも“ここにいる”って。
冬心: でも今の君には、“ないこ”って名前が“空っぽ”じゃなくて、
“君そのもの”になってる。
ないこ(微笑む): うん。
「何もない」って名乗ってたけど、本当は……
僕の中には、いっぱい詰まってたんだ。
怖さも、希望も、痛みも、優しさも、全部。
累: そう。だから君はもう“名無し”なんかじゃない。
冬心: “ないこ”は、空白じゃなくて――
“無数の想い”が詰まった名前だよ。
ないこは、そっと目を閉じて、小さく呟いた。
ないこ: 「ないこ」って名前、好きになってもいいかな。
累: 僕はもう、大好きだよ。
冬心(微笑んで): そして――この名前で、君はまだこれから“誰か”に出会っていく。
***
現実世界。
配信ソフトの前で、ゆっくりと目を開けたないこ。
ふと、昔のアーカイブを再生する。
一番最初の、名前も何もなかった、たった数分の初配信。
スピーカーから、自分の震える声が流れる。
> 「あ……はじめまして……えっと、名前は……ないです……はい……」
> 「じゃあ……ないこ、で……」
ないこは小さく笑った。
ないこ(小声で): おかえり、“最初の僕”。
次回:「第十六話:再起動」へ続く
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!