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私達は逃げられない様に教師達に周りを囲まれながら校長室まで連行されていった。それはまるで罪人を連行しているかのような扱いだった。
校長室の前に来ると、教師達はドアを開けて一礼する。そして、体育教師の一人が「早く入れ!」と命令口調で私達の背中を乱雑に押してくる。
だが、雷電丸は体育教師を睨みつけるだけで微動だにしない。それはまるで「汚い手で儂に触れるな」と言わんばかりの態度であった。いつもの様に思ったことを口に出さないのは、それをすると事態がこじれることを理解してのことだろう。
「教師に向かってその態度は何だ!?」と体育教師は声を荒らげる。
雷電丸はそれを鼻で笑うと、静川さんの手を引いて堂々と校長室に入って行った。
体育教師は再び声を荒らげようとするも口を結んで吐きかけた声を飲み込む。そして、校長室に向かって一礼をした後、校長室のドアを閉めてしまった。
校長室に入ると、来客用のソファに校長先生と教頭先生が並んで座っており、向かい側にはスーツを着込んだ四十代後半の男性が座っている。その背後には二名の黒服を着た男が佇んでいた。
校長先生は私達を見るなり、血走った目で睨みつけて来る。
「お前たちが高天双葉と静川のぞみか!? 貴様ら、何てことをしでかしてくれたんだ!」
校長先生は顔を真っ赤にして怒鳴りつけて来る。その隣にいる教頭先生も鋭い眼光を私達に放ってくる。
『何で校長先生に怒られているの? 心当たりが全く……あり過ぎて分からないわ』
「何のことですかいの?」雷電丸はわざとらしく首を傾げながら言い放った。
「昨夜、武田市議の御息女に暴力を振るったそうだな?」教頭先生はあからさまに不機嫌な表情で私達を見回す。
すると、静川さんが何かに気付いたかのように声を上げた。
「あ! 双葉っち。あっちに座っているのが武田のパパさんだよ」校長先生の向かい側に座っているスーツ姿の男性を指差しながら言う。
「こら! 指を差すなんて武田市議に無礼だろう!」校長先生は静川さんを指差しながら怒声を張り上げる。
静川さんは校長先生に怒鳴られると、怯えた様に雷電丸の背中に隠れた。
私達に指を差すのはいいのかしら? と私は抗議の声を上げたくなった。その時から、いや、教師達から罪人の如き扱いを受けた時から、私は釈然としない何かを感じ始めていた。
雷電丸は両腕を組み顎を上げると、ふん、と鼻で笑って見せる。
「暴力? はて、身に覚えがないですな」
「嘘を吐くな! 昨日、お前たちは理不尽にも武田市議の御息女とその友人たちに言いがかりをつけ、一方的に暴行したことは分かっているんだ!」教頭先生は目の前にあるテーブルを片手で叩きつけながら怒声を張り上げる。
「ち、違うし! あ、あれは……」
「言い訳はするな! 可哀想に、お前達に暴行を受けた生徒達は全員、あまりのショックと重傷の為に入院しているんだぞ? 少しは反省の態度を見せたらどうなんだ⁉」
それを言うなら、彼女達にリンチを受けた静川さんは可哀想ではないの? 一方的に私達が彼女達に暴行を加えたですって?
私の脳裏に、昨夜、静川さんが彼女達に受けた酷い仕打ちと、私が受けて来た数々の屈辱を思い出す。たちまち私の胸は怒りと屈辱感に塗れた。
私はこの状況が理解出来なかった。てっきり私達は昨日のトラブルの事情を聴かれるのだとばかり思っていた。
しかし、現実はそうではなく、行われているのは一方的な断罪だった。本来加害者である彼女達の主張ばかりがまかり通って、被害者である私達の主張は聞こうとさえしない。
数分前、私は事情を説明すればきっと分かってくれる、と信じて疑わなかった。
そんな自分が滑稽に思えてしまい、同時に情けなくなった。何故、私はそんな頭お花畑なことを思ってしまったんだろうか。この世が地獄で理不尽であることは、私自身が一番理解していたはずなのだ。
「校長先生……貴方の学校では生徒にどのような指導を行っているのですかな?」
ソファに座っていたスーツ姿の男性━━武田市議は苛立った声を上げた。そして、まるで汚物でも眺めるかのように私達を見回す。
「も、申し訳ございません、武田市議。この生徒達には直ちに然るべき処分を下しますので、どうかお怒りをお鎮め下さい」校長先生は両手を合わせると、愛想笑いを浮かべながらペコペコと頭を下げる。
あまりにもあからさまな校長先生の態度に、私はあきれ果てて言葉も出なかった。
これが私の通う学校の校長なのか、と正直失望してしまった。
「では、この犯罪者どもに、私が納得するだけの処分を下していただきましょうか」
「もちろんです。こ奴らは退学処分が相応でしょう」教頭先生は、ふふん、と眼鏡を光らせながら私達を見下す様な視線を向けて来る。
『た、退学!? でも、あれは私たちが被害者なのに!?』
そこまで彼等は腐り果てているのか。私は腹の底から怒りが込み上げてくるのが分かった。
「退学? ご冗談を。娘を傷ものにされ、退学だけで済ますわけにはいかないでしょう」
「と、申しますと?」
「犯罪者が行きつく先は一つしかないでしょう。彼女達には刑務所できっちりと罪を償ってもらうのが妥当ではありませんか?」にやり、とほくそ笑む。
「流石にそれはやり過ぎではありませんか?」教頭先生は動揺した表情で恐る恐る武田市議に訊ねる。
流石の校長先生と教頭先生も、その申し出に対しては素直に頷くことも出来ない様子だった。
「やり過ぎですと? むしろ足りないくらいですがね?」ギロリ、と武田市議は二人を睨みつける。
武田市議に睨まれた二人は絶句し、そのままソファに座って目線を下に落とした。
「ちょっと待ってください!」突然、静川さんが前に出てくる。
「何かね? 残念だが、私はお前達を許すつもりはないぞ?」
「そうじゃなくて、私達は悪くありません! 悪いのは武田さん達の方です!」
静川さんは呼気を荒らげながら叫ぶように言った。彼女の足が微かに震えていた。しかし、その表情に怯えの色は浮かんでいなかった。
「こら! 静川、ふざけたことを言うんじゃない!」校長先生は慌てて静川さんに言う。
「あたし、馬鹿だけどふざけてなんかいません! 暴力を受けたのはあたしの方で、双葉っち……高天さんはあたしを助けてくれただけなんです!」
そう主張する静川さんの足の震えは完全に止まり、その表情が怒りに塗れていた。
校長先生と教頭先生が静川さんに何かを言いかけようとするも、それを武田市議によって手を上げて制止される。
「それはつまり、私の娘が加害者であると、そう主張するんだね?」
「はい、そうです! あたし、武田さん達に路地裏に連れて行かれて、皆に殴られたり蹴らりたりしました。そこに高天さんが助けに来てくれて、怪我させたのはそれが理由です! だから、悪いのはそっちの方だし!」
興奮した静川さんは武田市議を指差しながら大声を張り上げた。
すると、武田市議は、クックック、と片手で口を押さえながら笑い声を上げた。
「確か君、父子家庭だったね? しかも父君は肉体労働者ときている」
武田市議は突然、突拍子もないことを言い始めた。
私は思わず精神世界で首を傾げる。この人、突然何を言い始めるんだろうか?
「それがなんですか?」静川さんは事情を飲み込めない様子で、動揺した表情を浮かべた。
「貧困家庭の人間と、市議である私達の意見。さて、世間はどちらの主張を信じると思うかね?」
「そんなの関係ないじゃん! あんた、何を言ってるの⁉」静川さんは侮辱されたことだけは理解したようで、語気を強めながら武田市議を睨みつけた。
「頭の悪い君にも分かるように説明してあげよう。世の中の人間はお前のような汚らしい貧乏人より、権力を手にした人間の味方なのだよ。真実など権力でどうとでも捻じ曲げることが出来る。事実がどうあれ、貴様達はもう終わりだということだ」そう言って、武田市議はふん、と鼻で笑って見せた。
「そ、そんな……」静川さんは顔を蒼白させながら足をよろめかせた。
「ああ、それと、一つ言い忘れていた。私の大切な娘を傷ものにした女。お前だけは家族もろとも徹底的に潰してやるから覚悟しておけ」武田市議は雷電丸を睨みつけながら言う。
どうしてそこで私の家族が出て来るの⁉ 私は怒りを通り越し、殺意すら芽生えかけた。
「ふん、品性の欠片もない猿どもめらが。これでは親の程度も知れるというもの。目障りだ、とっとと私の前から消え失せるがいい」武田市議は目を背けると、まるで犬でも追い払うかのようにシッシと手を払って来る。「これだから貧困層どもは嫌になる」と小声で呟いた。
「……今、何て言ったし?」
静川さんは姿勢を正すと、静かに呟いた。その語気に激しい怒りが迸っているのをひしひしと感じた。
「あたしのことはいくら悪く言ってもいい。でも、双葉っちを、あんなに優しいママさんとパパさんまで悪く言うのは許せない!」
静川さんは髪を逆立てると、そのまま武田市議の前に歩いて行く。
そして、右手を勢いよく振り上げた。
バシン! と頬を叩く音が校長室に響き渡る。
「ふ、双葉っち、どうして?」
静川さんが手を振り下ろすより早く、私は彼女の前に出て武田市議の頬を平手で引っぱたいてやった。
「私の友達を侮辱するのは許さないわ!」
その時、私はいつの間にか体の支配権を雷電丸から取り返していたことに気付かなかった。
考えるよりも先に身体が動き、気付けば武田市議の憎たらしい顔に平手をぶちかましていた。
「暴行の現行犯だ。これでもう言い逃れは出来まい」武田市議は額に青筋を浮かべながらほくそ笑んだ。
武田市議の薄笑いを見て、ようやく私は我に返った。そして、自分のしでかしたことを理解する。
冷静になればなるほど、私は自分を褒めたい気持ちで溢れ返った。
友達を侮辱され、心から怒れた自分を誇りたい。悔いなど微塵もなかった。
『ようやったぞ、双葉。後は儂に任せろ』
雷電丸の声が魂に響いて来ると、再び身体の支配権は彼に移った。
「さて、お前達、覚悟は出来ているんじゃろうな? 儂の友を、あまつさえその家族を侮辱し脅迫した罪は重い。覚悟せい」雷電丸は両手をコキコキと鳴らすと、校長室で四股を踏む。
ドシン! ドシン! と雷電丸が四股を踏むたびに校舎全体が揺れた。
「おい、取り押さえろ」武田市議は舌打ちをすると、後ろに控えさせていた二人の黒服にそう告げる。
二人の黒服が雷電丸に掴みかかった瞬間、バリン! とガラスが割れる音が響き渡った。
それは一瞬の出来事で、状況を理解しているのは雷電丸と私だけだろう。
雷電丸は掴みかかってきた黒服二人の頬を平手で次々と張り上げた。そして、黒服達は勢いよく窓ガラスを突き破って吹き飛んでいったのだ。それはほんの一瞬の出来事だった。
「貴様、これ以上私に触れてみろ。ただでは済まさんぞ?」武田市議は顔を引きつらせると、立ち上がって後退る。
「どうただでは済まんのじゃ?」
「明日には身元不明の死体が三体、海に上がることになる」にやり、と武田市議はほくそ笑む。
この男は何処まで卑劣なのだろうか⁉ でも、もしかしたらこの男ならやりかねない、と私は両親の姿を思い浮かべ息を呑んだ。
「なら、その前に貴様を海の藻屑にしてやろう。おい、のぞみよ。海はどっちの方角じゃ?」
「あっちだし」と静川さんは満面の笑みを浮かべながら窓の方を指差した。
「お前達、いい加減にしろ! これ以上武田市議に無礼を働くんじゃない! 大変なことになるぞ⁉」校長先生は慌てて雷電丸に叫んだ。
「もう十分大変なことになっとりますよ。こ奴は越えてはならない一線を越え、あまつさえ儂の友ばかりか家族まで危害を加えるとほざきよった」
そう言いながら、雷電丸は武田市議の胸ぐらを掴み上げる。
「は、離せ! 貴様、何をするつもりだ⁉」
武田市議は顔を引きつらせながら雷電丸の手を引き剥がそうともがき始める。しかし、雷電丸の手はびくともせず引き剥がすことは出来なかった。
「海水浴には持って来いの日和じゃ。それでは飛んでいけ」
雷電丸はそう言って、武田市議の身体を両手で軽々と持ち上げる。そして、勢いをつけて窓の方角に投げようと身構えた。
「や、止めろ! 止めてくれ!」武田市議の悲鳴が木霊する。
「そこまで!」
その時、白衣の女性が颯爽と現れ、雷電丸の腕を掴んだ。
そこには煙草を咥えた妖艶な美貌を輝かせた女性━━木場アザミ先生の姿があった。