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「本日より、第一王女リリアーナは東塔にて静養とする」
父王のその一言で、わたくしの自由は奪われた。
静養――それは名ばかり。
実際は、隣国との和平交渉がまとまるまでの“保護”。
つまり、軟禁。
重い扉が閉まる音が、胸に突き刺さる。
「……静養、ですって」
思わず笑ってしまう。
広い部屋。豪奢な天蓋付きのベッド。
窓の外には王都が広がっている。
けれど。
ここから一歩も出られない。
「お食事をお持ちしました、姫」
低く落ち着いた声。
振り返ると、そこに立っているのは――
銀の甲冑を身にまとった、わたくしの護衛騎士。
エドワルド。
「あなたまで、わたくしを閉じ込めるの?」
問いかけると、彼は一瞬だけ眉を曇らせた。
「……それが私の役目です」
淡々とした声。
けれど、長い付き合いのわたくしには分かる。
彼は怒っている。
わたくしの扱いに。
「隣国のレオニード王子との婚約が正式に進むそうです」
「ええ、知っています」
政略結婚。
王女として生まれた以上、避けられぬ運命。
けれど。
「わたくしは……」
言葉が喉に詰まる。
エドワルドは窓辺に立ち、外を警戒している。
その横顔は、いつも通り冷静で、完璧な騎士。
でも。
わたくしの胸は、こんなにも苦しいのに。
「エドワルド」
「はい」
「もし……もしもよ?」
彼はわたくしを見ない。
「わたくしが王女でなかったら、どうなっていたと思う?」
沈黙。
部屋の空気が重くなる。
やがて彼は静かに答えた。
「そのような仮定に意味はありません」
「あります!」
思わず声を荒げる。
彼が驚いた顔をするのは珍しい。
「わたくしは、政略の道具ではありません!」
「姫」
「わたくしは……」
震える声。
本当は、もっと前から気づいていた。
自分の気持ちに。
「あなたと一緒にいたいの」
空気が止まった。
エドワルドの拳が、ぎゅっと握られる。
「……お戯れを」
「戯れではありません!」
わたくしは彼に歩み寄る。
一歩。
また一歩。
「あなたが怪我をすれば、胸が張り裂けそうになる」
「姫……」
「あなたが他の女性と話しているだけで、こんなにも苦しい」
あと一歩で触れられる距離。
けれど彼は、後ろへ下がった。
「私は、ただの剣です」
「違う!」
「姫を守るための剣。それ以上でも、それ以下でもありません」
その瞳に、わずかな揺らぎ。
「どうか……私を困らせないでください」
困らせているのは、わたくし?
泣きそうになる。
「わたくしは、レオニード王子と結婚したくありません」
はっきりと言った。
エドワルドの呼吸が乱れる。
「……姫」
「あなたは、それでも何も思わないの?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて彼は、わたくしに背を向けた。
「思わぬはずがないでしょう」
かすれた声。
「ですが、それは許されない」
そのとき。
ガシャン――!
窓の外で音がした。
エドワルドが瞬時に剣を抜く。
「下がってください、姫」
黒装束の男が窓を破って侵入する。
悲鳴を上げる間もなく、エドワルドが動いた。
一瞬。
剣閃。
男は床に倒れる。
「侵入者……?」
「お怪我は?」
彼がわたくしの肩を掴む。
強く、必死に。
その手が震えていることに気づく。
「……無事です」
彼はほっと息をつく。
その距離は近すぎて、息が触れ合いそう。
「あなたが傷つくなど……」
低く、怒りを含んだ声。
「私は、許さない」
その言葉に、胸が高鳴る。
「それでも、ただの剣だと?」
問いかけると、彼は一瞬だけ視線を逸らした。
「……姫」
そのとき、廊下から足音。
王宮の兵が駆け込んでくる。
侵入者は連行された。
しかし、その場に残されたのは重い空気。
夜。
月明かりの差し込む部屋。
眠れないわたくしは、そっと呟く。
「わたくしは、囚われの姫」
けれど。
本当に囚われているのは――
身分?
運命?
それとも。
エドワルドへの、この想い?
翌朝。
侍女が告げた。
「本日、隣国より正式な書簡が届きました」
胸がざわつく。
封蝋を解く。
そこに書かれていたのは――
【リリアーナ王女を、我が妃として迎える】
レオニード王子の署名。
わたくしの婚約が、正式に決まった。
そして。
その知らせを聞いたエドワルドの瞳に、初めて――
明確な怒りが宿った。
「……承知いたしました」
けれど彼は跪く。
騎士として。
わたくしの前に。
その姿が、こんなにも遠い。
(それでも……)
わたくしは諦めない。
あなたと結ばれる未来を。
たとえ、この城に囚われようとも。
――続く。
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