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井野匠
さくらぶ
27,672
私が、東京の大学で雨を宿した理由を話し終えると、家族は大きな衝撃を受けていた。
母親はハンカチで涙を拭っているし、父親の驟雨に至っては凄い形相で天井を睨んでいる。
これでは、話が前に進まないと感じたのか、兄の翠雨が、私に質問を投げ掛けてきた。
「それで、時雨兄様の治療はどうだったのですか?」
頷いた私は、一旦考え込んでから再び口を開いた。
私は、時雨兄様から何も聞かされていなかったので、今回の治療も、増え過ぎた雨を定期的に抜く、いつもの雨祓いだと思っていましたが、治療の後に目を覚ますと、時雨兄様が、「僕と少し話をしょう」とおっしゃったのです。
私が頷くと時雨兄様は、「佐々木敏晴さんの事故は残念だったね」と言って、私しか知らない事情をスラスラと話し終えた後に、こう言いました。
「今回は、雨祓いの邪法を使って、雨音の雨を祓わずに、全て僕の体内に取り込んでみたんだ。
そこから、雨の記憶を手繰ることで、雨音の置かれた状況を全て把握したんだよ。
そして、どうやら雨音の雨を吸い込んだ際に、聖気のカケラや、身体の内部にこびり付いていた思念なんかも、一緒に取り込んでしまったらしい。
そこに、雨音に向けた佐々木さんの最後の思念が残されていたんだ」
驚いた私が顔を向けると、時雨兄様はこう言ったのです。
「雨音が受け取った指輪の箱に、佐々木さんの血液が付着していただろう。
そこに、佐々木さんの最後の思念が残されていたんだ。
聞きたいかい?」
私が、泣き崩れる表情を隠すのも忘れて、子供みたいに大きく頷くと、時雨兄様は、敏晴が私に語り掛けるみたいに優しく喋り始めました。
「雨音、ずっと一緒に居ようって約束してたのに、守れなくてゴメンな。
先に逝ってしまう僕を許して欲しい。
君は、僕の死に責任を感じているだろうけど、君には何の責任もないんだよ。
今なら分かる。
僕の死は、最初から決まっていたんだ。
あの夜、たとえバイクに乗らなくても、僕は、別の理由で死んでいたと思う。
それが運命なんだ。
だから、君が僕の死に責任を感じるなんて馬鹿げてる。
だけど、死んでしまう前に、君に一つだけお願いがあるんだ。
聞いてくれるかい?」
その言葉に、私が泣きながら何度も頷くと、それを確認してから、時雨兄様が再び喋り始めたのです。
「僕の買った指輪が、君の手元に届いているのなら、その指輪は捨ててくれ。
あの指輪を持っていると君は前に進めないし、僕を忘れることも出来ない。
僕の願いは一つだけだ。君に幸せになって欲しいんだ。
僕は、君の幸せだけを願っている。
僕を忘れて、前に進むんだ雨音…
絶対に立ち止まるな。
そして、自分の人生を精一杯生き抜いてくれ。
応援しているよ。
さようなら雨音…」
その言葉を聞き終えた瞬間、私の中で何かが「パン」と弾けたのです。
それが、心の奥に巣食っていた、硬い硬い魂魄の痼りだったのでしょう。
あの時、敏晴はバイクの事故で怪我をしていて、たくさんの血が流れ出ていただろうし、凄く痛くて、苦しかったはずなのに、最後の最後まで、私のことだけを心配していました。
痛いとか、苦しいとか、助けてくれ。ではなく、私のことだけを…
それなのに私は、嫉妬深くて、自分のことばかりを考えていたのです。
私は、産声をあげる赤ちゃんみたいに大声で泣きました。
泣いても、泣いても、涙は、あとから、あとから、湧き出てきます。
そして、その一滴一滴が私にとっては、必要な涙だったのです。
赤ちゃんだって、泣きながら産まれてくるのだから…
何かを、涙で洗い流すように…
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