夜の病院は、静寂と薄暗さに包まれているはずだった。だが、今その空間には何とも言えない不気味な雰囲気が漂っていた。
廊下には割れた薬瓶と散乱した書類が転がり、奥の診察室からは老院長の切羽詰まった叫び声が響いてくる。
「ひ、ひぃっ…助けてくれ!命だけは!命だけはおおお!」
院長の声に重なるように、異能者の冷たい声が落ちてきた。
「老いぼれ、命乞いをする暇があれば役に立つことの一つでも考えろ。そんな無価値な存在が、この先何をしたところで――」
その時、廊下の向こうから響いたのは軽快な足音だった。
「おおい!おじいちゃん!まだ生きてる?」
陽気な声とともに姿を現したのは南無。小柄ながらも堂々とした態度で、ポケットに手を突っ込みながらこちらに歩いてくる。
「……なんだ、雑魚が増えただけか。」
異能者は冷たい目で南無を見下ろした。
「雑魚?ひどいなあ。でも安心して、今日は石動も一緒だから!」
南無の背後から現れたのは僕―石動だ。笑顔を浮かべながら、なぜか迷子になった猫を拾うような気軽な態度で手を振っている。
「でさ、石動、なんでまたこんなとこ来たの?」
南無が僕を振り返りながら、ふと問いかけてきた。
「ああ、実はここ、僕が一回入院した病院なんだよね。ほら、般若にやられた時のこと覚えてる?」
僕は肩をすくめながら答えた。
「ああ、あの時の?よく生きてたよね!それで、地理担当ってわけか。道案内だけで命張るって、やるね~!」
南無がからかうように笑いながら言う。
「いや、僕だって命張るつもりはないんだけどさ。でも懐かしい気持ちになるよ。この廊下の汚さとか、変わってないな~って。」
僕がぽつりとつぶやくと、南無が大笑いした。
「そこ!?思い出すの、そこなんだ!」
診察室のドアを蹴り開けると、異能者に押さえつけられていた老院長が、まるで神を見たかのように目を見開いた。
「き、君たちは!?助けてくれるのか!?」
院長は手を合わせて南無と僕に向かって懇願する。
「え、じいちゃん、僕らのこと覚えてる?」
僕が首を傾げながら尋ねると、院長は必死にうなずいた。
「当たり前だ!特に君!あの時の怪我人じゃないか!?」
院長は僕を指さしながら声を震わせる。
「やっぱり覚えてたか。いやー、久しぶり!元気そうで何より――って、元気じゃないね!」
僕は明るく返しながら、異能者の方に視線を向けた。
「おいおい、じいちゃんが命乞いしてるなんて、これは放っとけないね。どうする、石動?」
南無が僕に問いかける。
「うーん、どうしようかな~。でも、とりあえずこの異能者さん、話通じなそうだよね。」
僕は異能者の冷たい視線を受けながら、苦笑した。
「話通じないなら、こっちも簡単な方法で行こうよ。ドカーンってね!」
南無が明るい声で言うと、腰に差していた武器を抜いた。それは、南無の得意武器――小型の斧だ。
「ちょっと!南無、それ完全にやる気満々じゃん!」
僕が慌てて止めようとするが、南無は振り向きもせずに斧を軽く振りかざした。
異能者は不敵な笑みを浮かべると、南無と僕を順番に見下ろした。
「滑稽だな。無能力者が何をするつもりだ?」
そう言い放った異能者に対し、南無は平然と返す。
「無能力者でも戦えるってとこ、見せてあげるよ!じゃ、行こうか、石動!」
「いや、待って!僕まだ準備できてないんだけど!?」
僕の抗議を無視して、南無は一気に異能者との戦闘に突入する。
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