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翌日、打ち合わせ終了後に慌てて荷物をまとめていると


「元貴がはやく帰りたがるだなんてめずらしいね」


ミセスのメンバーである涼ちゃんが物珍しそうに声をかけてくる。


「そう?俺はいつだって自分の部屋に居たいよ」


「それはそうかもだけどさ……でもこういう時、寂しがって帰りたがらないじゃない」


自分でもその自覚はあるので、思わず言葉につまる。ちょっとばつが悪そうな俺をみて涼ちゃんは笑った。


「別にそれが悪いって言ってるんじゃないよ、俺も仕事の後に元貴となんてことない話しながら過ごす時間けっこう好きだよ」


「好き」なんて言葉に心が揺れてしまう。彼のその言葉に深い意味なんてなくて、単純に友人と過ごす時間が楽しいだけなのだと頭では分かっていても、彼のことが好きな自分は、些細な言葉ひとつに心動かされてしまう。


「俺も……涼ちゃんと話してる時間が好きだよ」


ちょっとだけ、勇気をだして、言葉を選んで。へへ、嬉し〜なんて呑気に笑う君には全く伝わってないんだろうなぁ。


「……今日はちょっとやりたいことがあるんだ。それで帰るの。また明日ね」


荷物の入ったバッグを肩からかける。心配性の俺は何かとものを入れがちなので、肩に少しずしりとくる。また明日ね、と涼ちゃんはふわりと笑って手を振った。


涼ちゃんのことを好きだと気づいてから、もう随分と経つ。もともと男が好きだという自覚はあったし、涼ちゃんの柔らかな物腰や穏やかな表情が作り出すふわふわとした雰囲気は正直言ってタイプだった。でも初めからそういう対象としてみていたかといえばそうではない。あくまで俺の描く「バンド」の姿に必要な「キャラクター」として欲しかっただけだったし、自分には恋愛などするつもりもなかった。

それが、彼のことを恋愛対象として好きだと気づいたのは、休止期間に入ってのことだった。メンバーの脱退が決まり、俺の描いていた「ミセス」は完璧ではなくなった。俺はジュースか何かでもこぼしてダメになった写真を呆然と眺めているような感覚があった。


「休止にしたのは、間違いだったのかな」


思わず弱音がこぼれた。それまでずっと黙ったままだった俺の横で、涼ちゃんは同じように黙ってぼんやりと座っていた。彼が何を考えているのか、正直俺には分からなかった。もしかしたら、彼も辞めていくのかもしれない。俺のそばを離れていくのかもしれない。

でももし本当にそうなったら、


「ミセスは……終わりかな」


するとその言葉に涼ちゃんは


「俺は……元貴についていくよ。元貴のそばで、自分がやるべきことをするだけ」


別に何も間違ってなんかないよ。そう言って彼はまたなんてことないように、俺のそばに寄り添い続けてくれた。この時、俺は初めて、友人や仕事のパートナーとしてだけでない……まさに恋というラベルを与えるべき感情を彼に抱いていることに気づいたのだった。


なんだかんだでもうあれから3年以上経つんだよなぁー、とひとりごちてみる。俺の片思い歴もどんどん長くなる。


「時間の流れって早いよねぇ」


まるで俺の心を読んだかのようにセキがぽつりと呟いて、俺は慌てて意識を戻した。


「えっ?」


あっ、いまなにか考え事してたね?と彼はいたずらっぽく笑った。


「ごめんごめん」


セキとは定期的にVWIで会うようになってもう1ヶ月になる。


ーー


初めて話をしたあの日の翌日、約束通りセキはまた俺の前に現れた。


「良かった」


俺の姿を認めると同時にこちらに駆け寄り、ほっとしたように笑う。彼の柔らかな笑い方はちょっとだけ誰かに似ている。それも俺が彼に親しみを感じる理由のひとつなのかもしれない。


「もしかしたら、もう会えないかもしれないとちょっとだけ思ってたんです」


「すみません、僕が思ったより遅くなっちゃったから……仕事が終わってすぐ帰ってきたんですけど、ちょっと長引いちゃって」


「そうだったんだ〜それはお疲れ様です!そうか、ラビさんは社会人なんだ……ごめんなさい、てっきり学生さんだと思ってて」


なぜだろう、と怪訝に思ったのが表情に出たのか、セキは少し気まずそうに眉根を寄せた。


「いや、あのね、これね、お話した人をフレンド登録しておくとログイン履歴がみれるでしょ?僕昨日ログアウトする直前にそういえば、と思いついて慌ててフレンド申請したのを承認してくれたじゃないですか……それで、さっきそれみたらログアウトが3時とかだったから……」


つまり働いている社会人ならその時間はもう寝ているはずだ、と考えたということだろう。常識的に考えればそうだ。


「朝は遅めの仕事なんですか?」


ログイン履歴を確認していたことがばれた気まずさなのか、それとも学生だと勝手に思い込んでいたことへの恥ずかしさなのか、セキはちょっと焦ったように言葉を続ける。


「あ……」


どうしよう、何と答えるべきか。俺が言葉に詰まったのを見て、セキが自分の発言の失態に気づく。


「ごめんなさい、個人的なことを聞いちゃった……無意識だったんです」


「いや、分かります、大丈夫ですよ。僕も別に知られて困るような仕事はしてないし」


売れないバンドマンしてるんです、と俺は冗談めかして笑ってみせる。下手に口をつぐんでしまった方がセキに罪悪感を与えてしまうし、かといって全く別の職業を名乗るのはそのうちボロが出そうだと思い、「本当のこと」をベースにして嘘をつく。不規則な生活を不思議に思われないためにもぴったりだと感じた。しかし、セキにはかえってそれが「設定」のように感じられたらしい。


「売れない……バンドマン……」


こみあげる笑いをこらえるように口元に手を当てて俯く。


「えっ、やだなぁ本当ですよ!今日はメンバーと練習してきて……生活は、えっと、バイトかけもちでなんとかしてるんですから」


「わぁ本当にバンドマンみたい」


くすくすと笑うセキはおそらく俺の話などはなから信じるつもりは無いらしい。


「僕はね、えーっと……どんな仕事してそうに見えます?」


完全に「設定」づくりを楽しんでいる。


「え〜なんだろう。雰囲気が優しいしな、保育士さんとか、小学校の先生とか?」


「わぁ、それいいな。じゃあ僕小学校の先生にします」


ということは違うらしい。雰囲気が落ち着いているから分かりにくいが、もしかしたら相当年下……セキこそ学生なのかもしれなかった。


ーー


これ以降、さすがに毎日とまではいかないが、なんだかんだと時間を見つけて週に2.3度は話す仲になり、いまではすっかりお互いくだけた口調で冗談なども言い合う。

VWIの性質上お互いのパーソナルな部分につっこんだ会話などはしないが、こうして一緒に過ごすうちに、セキについてだんだんといろんなことが分かってきた。俺がいちばん驚いたことはセキが「男」であったことだ。たしかに一人称は「僕」だったが、女性でもそう称するのは珍しい話ではないので疑問に思わなかったのだ。


「だってせっかくだもの、現実ではあまりできない格好とかしてみたくない?」


彼は別に心が女性というわけではないのだと話した。


「でも昔からかわいいものは好きだったよ」


そう言って彼は、初めてガチャを回して手に入れたという、くすみピンクのパンツに黒のブラウス、白いカーディガンを合わせたスタイルでくるりとまわってみせる。


「そうか……僕もいっそのこと全然違う姿にすれば良かったな〜」


「わりとリアルの姿に寄せてるの?」


あまり意識せずにアバターを作ってしまったが、言われてみるとそうかもしれない。あまりにも違う姿だと、かえってリアルさに欠けてしまうからとこの姿にしたが、せっかく別人になれる機会なのにちょっと損をしたかもしれない、なんて考えてしまう。


「えぇ〜でも僕ラビの見た目好きだよ」


きっとモテるね?とからかうような視線を向けられて、俺は赤面してしまう。


「モテないよ、僕売れないバンドマンだもん」


「あっまだその設定なのね」


「……セキ先生は最近どうなんですか?」


からかうように彼に目線をやると、ちょっと気難しそうな表示を作って


「うーん、ちょっとクラスにやんちゃな男の子がいてね……」


なんて調子を合わせてくれる。セキのこういうノリの良さも、彼と過ごしていて楽しく感じる理由のひとつだった。


「いま何年生受け持ってるんだっけ?」


「えーとね、5年生」


「うわぁ、難しい時期だ」


だんだんと世界の解像度があがるにつれてその「ルール」が分かってきて、でも自分が主体としてなにか出来るほどの自由さは持ち得ないがために葛藤と戦い始めるような、そんな年齢。理解はできることに、心はまだ追いついていかないような、そんな不整合さを目の当たりにしては、自分の「どうしようもなさ」に意味もなく苛立ってしまう。


「5年生……まだまだ子供のようにみえて意外といろいろ考えてるからね〜」


ふふ、とセキは笑う。


「ラビはなんか、小学生の頃から大人びてそう」


「えぇ……ひねくれものぽいってこと?」


不本意そうに口を尖らせてみせると、彼は慌てたように首を振った。それに合わせて軽く持ち上げた両手も否定の意思を示すように揺れる。セキは何かと手の動きが多い。


「そんなんじゃないよ、だってしっかり者だもん。何となく昔からそうだったんだろうな〜って」


「あはは、残念。僕は結構やんちゃな方だったよ……セキはどんな子だった?」


僕?と彼は自分で自分を指さしてから、うーん、と首を捻る。肩にかかっていた黒髪が流れるように落ちて揺れた。


「どう……かな、わりかしマイペースな方だったとは思うけど……。まぁ目立つ方ではなかったよ、スポーツも得意じゃないし、勉強も飛び抜けてできるほどじゃなかったから」


あぁ、でも、と彼は昔を思い出すように目を細めながら


「5年生といえば初めて好きな人が出来たころだな〜」


えっ、と思わず声を上げる。


「かっわいい、相手はどんな子だったの?」


「え〜なんか昔のこととはいえ恥ずかしいんだけど」


「いいじゃない、分かった、僕も教えるから」


わざとらしく子供っぽい声と仕草をしてみせると


「修学旅行の夜じゃないんだから」


とセキは笑った。


「しかもこれ女子の方っていうね。ね〜ほんと誰にも言わないでねっ、ねっ、うちらだけの秘密だよっ」


「ちょ、ラビやめて、笑いすぎて苦しい〜」


あはは、とセキは軽快に笑って、目尻にたまった涙を拭うような仕草をしてから


「ふふ、僕とは真逆のタイプだったよ。スポーツが得意で、クラスの人気者」


「へぇ〜マドンナタイプよりムードメーカーな女の子のが好きだったんだ」


すると彼は何か思い出すことでもあったのか、ふっと遠くを見て、それから


「まぁ……そんな感じかなぁ」


と歯切れ悪く言った。俺はその反応に少し違和感をおぼえつつも、とりあえずそのことは脇にどかして、重ねて聞いてしまう。


「それで?その子とはどうなったの?告白した?」


まさか!とちょっと大袈裟なくらい彼は首を横に振る。


「なんていうか、気づいたのはあとからだったんだよ。あぁ、あの時僕はあの子のことが好きだったんだなぁって」


なるほどね、と俺は頷く。


「切ないやつだ……でもかえっていい思い出なのかな」


そうかも、とセキは笑った。


「ね、ラビは?」


「え?」


だから〜と彼はちょっと揶揄うような目つきになる。


「初恋!ラビはいつ、どんな人が相手だったの?さっき自分も教えるって言ったじゃない」


あぁ……と俺は頷く。初恋……いつだったかな、いつ俺って自分は男が好きなんだと自覚したんだっけ。しまい込んでいた苦い記憶が顔をのぞかせそうになって、俺は下唇を少し強めに噛んだ。どうも、お呼びですか?いいえ、呼んでないので早々にお帰りやがれください。


「実を言うとさ、あまり覚えてないんだよね」


別にこれは話したってお互い面白くもない。仕方ないのでそう気まずく答えると、案の定、えぇ〜とセキはつまらなそうに口を尖らせた。


「じゃあさ、今の好きな人のことでもいーよっ」


「え、い、今っ?」


ぱっと頭の中に涼ちゃんの顔が浮かんでしどろもどろになってしまう。


「お?その反応は恋してますねおにーさん」


「ちょっと揶揄わないでよセキ〜」


ビンゴだ、と彼は楽しそうに笑った。少し青みのかかったグレーの瞳がいたずらっぽく細められる。


「ねぇ、どんな人?その人は」


えぇ〜どうしよっかなぁ〜、と俺はわざとらしく大きな声を出しながらセキから顔を背ける。現実の俺はたぶん耳まで真っ赤なのだけれど、ここの世界にもそれって反映されるのかな。自分では自分の姿は視認できないから分からないのだ。


「仕事仲間?」


セキの言葉に黙って頷く。わぁっ、とセキはひときわ大きな歓声をあげた。ここが「エントランス」なら口を押さえているところだけれど、最近の俺たちはいつも「ルーム」を使用しているから特に気にしない。


「その人のどんなとこが好きなの?」


あぁ、これは、一方的な質問攻めだ。でも不思議と悪い気分では無い。現実ではこの恋のことなど話せる相手はいない。男が好きで、ましてやそれが涼ちゃんだなんて、知り合いにしられようものならどんな反応が返ってくるやら。下手したら本人にまで伝わってしまうリスクとも隣り合わせだ。人の口に戸を立てられない、とはよく言ったもので、ひとりに話すと自然と関係者に話が伝わっていってしまうものなのだ。その点、セキはまったくリアルの知り合いではないし、気が楽だった。

えーとね、と俺は涼ちゃんの顔を思い浮かべる。どんなとこが好きかって?そんなの挙げていったらキリがない。ふわふわとして人好きのしそうな雰囲気。おっちょこちょいなところも多くって、場を和ませるのも得意。でも実は人一倍努力家で、責任感も強くって、だから必要以上に悩みがち。そんなところも彼を「大事にしたい」なんて思う要素のひとつで。でもやっぱり一番は……。


「笑顔、かなぁ〜?」


なんだか恥ずかしくなってしまって、俺はちょっとおどけてしまう。きっとその照れもセキには伝わっていて、彼はにやにやしながらこちらを見ている。


「んも〜たっくさんあってどれにしようって顔だったよ」


「うるっさいなぁー!セキはいないの?いま好きな人!」


え〜、とセキが今度は迷うそぶりで声をあげた。


「僕の話はもうしたじゃない」


「だって昔の話じゃない」


セキの口調を真似するようにして、口元に拳をふたつ並べてぶりっ子ポーズをしてみせる。僕そんなんじゃないでしょ、と苦笑いして突っ込みながら彼は


「いるよ、いるけどなんていうかなぁ……ラビみたいに楽しい話はできないよ」


「……そうなの?」


なんだろう、叶わない恋?それなら俺も似たようなもんだけど……。あっもしかして不倫とか?などと勝手な想像を膨らませていると、セキは「まぁラビにだったらいいか」と独り言のようにぽつりとこぼす。


「僕ね、同性が好きなの。つまり相手は男の人。で、僕の片思い相手は……僕を絶対に好きにならない人」


セキの美しいブルーグレーの瞳には、こちらまで苦しくなるほどの哀しみの色がたたえられていた。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

8

ユーザー

もっくんが初恋のこと思いだしかけるあたりの文章の感じ好き~ なんか会話の感じとかすごい想像つく!楽しい(笑) これはもしや、、?と思いつつ、これからの展開が楽しみだなぁ

ユーザー

ラビとセキがもっくんと涼ちゃんに重なる気が……少し切ないな…でもめちゃくちゃ面白いてす!!

ユーザー

また新しい感じのお話でワクワクさせてもらいつつ、いつもの♥️💛もしっかり居てくれて、楽しませて貰ってます🙏✨

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