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#心理
サンダリオス家の広間は、黄金の光が収まった後も、
重い静寂に包まれていた。
ヴェルは、床に膝をついたまま、
両手をレクトの胸に押し当てていた。
震度2魔法の振動は、
彼女の限界を超えて、
全身を震わせ続けていた。
指先から、腕から、肩から、背中から、
そして心臓まで——
すべてが、微細だが容赦ない振動に支配されている。
「もっと……もっと強く……!」
ヴェルは歯を食いしばり、
血がにじむ唇を噛みしめた。
体内に送り込んだ振動は、
果実化した回路を、
カビの海を、
熟れた果肉の迷宮を、
激しく揺さぶっていた。
でも——
カビは剥がれ落ちず、
果実の皮のような皮膚は、
人間の肌に戻らない。
黄金の光は、一瞬だけ瞬いたきり、
すぐに薄れ、
消えた。
「……どうして……」
ヴェルの声が、掠れる。
フロウナが、慌てて駆け寄り、
ヴェルの腕を掴んだ。
「もうやめなさい!
これ以上は……ヴェルまで……!」
でも、ヴェルは振り払う。
「まだ……まだいける……!
彼を……人間に……!」
振動を、さらに強く。
震度2の限界を、
震度3に近づけるほどに。
その瞬間——
ヴェルの左腕が、
と音を立てて、
異様な色に変わった。
白と緑のカビが、
ヴェルの皮膚を這い上がり、
指先から肘まで、
果実の皮のように薄く透けていく。
「ヴェル!」
カイザが叫び、
ビータが飛びつく。
でも、遅かった。
重く、熟れた果実のように垂れ下がった。
彼女の体からも立ち上る。
アルフォンス校長が、
杖を地面に突き立て、
低く、震える声で分析を口にした。
「……わかった……
魔法回路とは……全く関係なかったのだ」
みんなが、息を呑む。
「彼は……ただの果実だった。
12年経ち果実としての成長が発現し、
今日、13歳で本格的に『実になる』段階に入っただけ……
フルーツ魔法の代償でも、暴走でもない。
彼自身が、
最初から、
少年を模して生まれてきた果実だったのだ」
広間が、凍りつく。
ルナが、膝から崩れ落ちる。
「……そんな…
……じゃあもう、喋って歩いて人間味があるだけの果物だったってこと……?…」
ヴェルは、左腕を失った痛みも忘れ、
ただ呆然と、
果実となったレクトを見つめた。
「……嘘……
そんなの……嘘だよ……」
震えが止まらない。
左腕は、もう人間のものではなく、
熟れた果実のように、
ぽとりと床に落ちた。
カビが、床に広がる。
フロウナが、
震える手でヴェルの肩を押さえる。
「ヴェル……もう……
彼は……助からなかった」
ヴェルは、首を振る。
「いや……まだ……
まだ、いる……
レクトの匂い……温度…!!!…」
でも、
レクトの体は、
もう動かない。
息は止まり、
瞳は閉じ、
ただ、
あれから数時間後。
広間には、誰も動けずにいた。
父パイオニアは壁に寄りかかり、
煙草をくわえたまま、
無言で天井を見つめている。
母エリザは、床に座り込み、
両手で顔を覆い、
肩を震わせている。
姉ルナは、
果実となった弟の傍らに膝をつき、
ただ、
じっと見つめている。
甘い香りが、
城全体を覆い尽くしていた。
それは、
優しく、
残酷に、
みんなの心を蝕む。
ヴェル、カイザ、ビータ、ミラは、
静かに広間を出た。
誰も言葉を交わさない。
ただ、
足音だけが、
廊下に虚しく響く。
外に出ると、
夜空は星一つなく、
冷たい風が吹いていた。
ヴェルは、左腕の切断面を、
震度2の微振動で止血しながら、
空を見上げた。
「……大好きだったのに……」
涙が、止まらない。
家の中では、
家族だけが残されていた。
夜が明け、
朝日が窓から差し込む頃——
エリザが、ゆっくりと立ち上がった。
彼女は、
果実となった息子の傍らに近づき、
そっと、
その体を抱き上げた。
重く、
柔らかく、
甘い香りを放つ果実。
エリザは、
無言でキッチンへ向かい、
冷蔵庫の扉を開けた。
「……家族として、できることを……」
声は震えていたが、
目は、
決意に満ちていた。
彼女は、
息子を、
丁寧に、
冷蔵庫の中に収めた。
扉を閉めると、
小さな音が響く。
パイオニアが、
ようやく口を開いた。
「……エリザ……」
「まだ……終わっていないわ。
レクトは、私たちの息子よ。
果実でも……
家族よ
あの子が私たちを本当の家族にしてくれたんだから」
ルナが、
涙を拭いながら、
立ち上がる。
「……お母さん……
私も……手伝う」
家族は、
行き場のない悲しみの中で、
ただ、
一つだけ、
決意した。
果実となった息子を、
放置しないということ。
それが、
今、
彼らにできる、
唯一のことだった。
そしてパイオニアは言う。
「食べよう。
果実になったレクトへ、最大限の愛情を注ぐために。」
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