携帯のバイブの音で目を覚ました。いつの間にか、泣きつかれて眠ってしまったみたいだ。
見ると、真莉ちゃんの名前。
「その後どうした?響さんに話したのか?」
「うん。響が玲と話して、勝手に内定取り消したみたい」
…えぇっ?と、驚いた声を上げ、なんで…と聞かれ、響に言われたことをそのまま伝える。
「大っ嫌いって言ってやった…」
「マジか?普通に落ち込むだろ…あの人」
知らん…と言う私に、真莉ちゃんはさらに続ける。
「…ちょっと見てみ?わかりやすく落ち込んでない?」
…そう言われると気になる…。
私は寝室のドアをそっと開けて、リビングを覗き込んだ。
すると…
床に座り込んで、茶色い液体を飲んでるのが見える。
お酒…?
…確かに、雰囲気は暗いかも。
そのまま真莉ちゃんに伝えてみると、電話の向こうで、瞬間的に爆笑された。
「想像通りで笑えるけど…チョットかわいそうだぞ?ちゃんと仲直りしろよ?」
「んなこと言ってさ…真莉ちゃん、響が自分の内定先の上司になること頭に入ってて言ってるでしょ?抜かりないね〜?」
バレたか〜…と笑う真莉ちゃんにつられて、私もちょっと笑ってしまった。
その時…少し開けてあったドアがスッと開けられて、大きな影が真後ろに立っていることに気がついた。
「…真莉ちゃん?ふーん…」
…さっきと同じ格好の響。
緩んだネクタイ姿と、不機嫌そうな表情が気だるそうで妙に…
カッコいい…!
「いいじゃん。別に…」
…こんな時なのにカッコいいと思ってしまう自分を殴りたい…!
「真莉と話すのを、ダメなんて言ってねぇよ?」
「でも…怒ってますよね?」
「そうですね」
時計を見ると、私が寝室に引っ込んでから、2時間くらいたってる…
お風呂も食事もしないで、お酒飲んでたの?
疲れた顔の響。
すぐそばにいる私に、触れてこようとはしない。
「…内定取り消しのこと、先に真莉に伝えたのか」
「…驚いたから、とりあえず、真莉ちゃんに…」
「そこは、俺じゃねぇんだ?」
「だ…だって、仕事中だったら悪いと思って…」
響はふぅ…と、大きくため息をついて、ソファに乱暴に腰掛けた。
「…こんな状況でも、どんなに怒ってても、琴音は真莉には…笑い声を聞かせる」
「…それは…真莉ちゃんがくだらないこと言うから…!」
「俺のこと…また嫌いって言ったよな」
響はそのままソファに戻って横になった。
まぶたの上に腕を乗せて…動かない。
ま、まさか泣いちゃったわけじゃないよね…?
そんな響に焦りながらも…恋愛にも男にも初心者な私から、何か仕掛けることなんてできるはずもなく…ただ呆然と立ち尽くしていた。
………
その後、内定取り消しの取り消し…という話はないまま、ギクシャクした響との生活は続いた。
ハッキリした説明もなく、謝罪もなく、私も折れるわけにはいかなくて。
ただ1つ。
響にソファを取られる前に、先に私がソファに横たわるようになったこと。
響にはちゃんとベッドで寝てもらいたい。仕事があるし…しっかり疲れを取って欲しかった。
なのに、私がソファに横になると、ジト…と横目で睨まれる。
はじめにソファで寝たのは響だし、そこは思いやりだったのに…。
結果、さらに険悪な雰囲気になって、ソファを陣取る私にあからさまな不満を表す響。
おいで…とか、言ってくれたらいいのに…
内定取り消しのことだって、もうちょっとちゃんと説明してくれたら。
響が、なんの考えもなしにそんなことしたんじゃないって、信じたいよ。
だから…もう少し優しくしてくれたら、私だって甘えられるのに…
ホント…甘くしてくれない人…!
もう…!
絶対ベッドに行ってやらないんだから。
………………
ほとんど会話はなく…平行線の私たち。
私は謝る必要ない…って思った。
勝手に内定取り消しされたんだよ?
まぁ、はじめに真莉ちゃんにその話をしたことと、大っ嫌いはよくなかったけど…。
疲れたような、さえない顔色の響。
それがまた、そこはかとない色気に変換されて、気づくと見つめちゃうのが本当にムカつく…!
でも…仕方なく、声をかけてみることにした。
このままじゃ埒が明かないし、確かに私にも謝る部分があると思ったから。
食事を終えて、まだ仕事がある、と言って立ち上がった響を呼び止めた。
「あのさ…この間のことなんたけど…」
言いかけた私に、響は信じられないことを言った。
「再会してから…強引なことをしてきたことは謝る。…これからはもう、好きにしてくれていい」
「…なに?それ」
テーブルの上に、カードキーが置かれた。
「使ってないマンションがある。
実家に居場所はないだろうから、ここにいたくなかったら、この部屋を使え」
……………
…一瞬、目が合った。
でもその目からは、何も読み取れなくて。
あぁ…私は嫌われたんだな…って思った。
その日は休日だったけど、仕事があるみたいで出かけてしまった響。
私はカードキーを見つめながら、そのまま、立ち尽くしていた。
ふと顔を上げて、広い部屋を見渡してみる。
初めて来た時は、ぐるりと囲む大きな窓から見える夜景に、度肝を抜かれたっけ。
大きなバスルーム…
いつか、響と一緒に入るのかもって妄想して、1人で取り乱した事もあった。
キッチンの大きな冷蔵庫。
今でも響は、抹茶わらび餅あんころクリーム大福がなくなると、いつの間にか補充しておいてくれたりする。
私がいなくなったら、またシェフの作り置きを頼むのかな…
せめて、今日の夕飯でも用意しておこうかと思って…やめておく。
もう、私の手料理なんか望んでないのかもしれないしね…
部屋に散らばる自分の痕跡を拾い集めてみれば、たいして大きくもないスーツケースに簡単におさまってしまう。
キスだけはいっぱいした、2人で寝たベッドルームにも、お別れを告げる。
あの旅行以来、私のほうが響にくっつきたくなってたけど…結局深いところまでは繋がれなかった。
見たことない響をさらけ出してもらうことはできなかった。
そして、書斎のドアを開けて…
ここだけは永遠に変わらないで…と思う。
子供の頃の、私を中心に撮られた、たくさんの写真。
恥ずかしくなるほど、どアップの私が迎えるパソコン。
うまく…愛を返せなくてごめん。
本当はもう、響のいない生活なんて無理なんだけど…。
でも行くよ。
1人になってみる…。
だって、出ていけってことでしょ?
再会して3ヶ月。
私は響と離れて生活することにした。
それが、別れの予兆になると…覚悟したうえで。
コメント
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響はただただ琴音ちゃんの事が大好きなだけ。守りたいだけ。俺様で強引だけど… 琴音ちゃんもう少しプラス思考になれるといいんだけど… 2人は2人で1つだと思うんだけどなぁ。