「おいシャーリィ、これ着なきゃいけないのかよ?」
珍しくスーツを身に纏った緑髪短髪の少年はぼやく。その視線の先には真っ白なワンピースに身を包み緑色のリボンがついた帽子を被り、真っ白なヒールの無いサンダルを履いた少女がいた。
「当たり前ですよ、ルイ。それにそのスーツ、似合ってますよ」
「そりゃありがとよ。けど何か堅苦しくて嫌だなぁ。本当にやるのかよ?」
「昨日議論は尽くしましたよ?」
「けどよ、新聞記者なんてやったこと無いぞ?」
「別に新聞記者に拘る必要はありません。最初の一言だけで良いんです。それに、変装する必要もありますからね」
「シャーリィはそれなのか?」
「吉か不幸か、私は農園から出る時は礼服ばかりでしたからね。こちらの、貴方に買って貰ったワンピースでは出歩かないんですよ」
「そういやそうだったな。それなら変装になるのか?」
「気に入っていますから、たまには外出で使いたいと思っていました」
「それ戦えるのか?」
「安心してください。この服は意外と物を隠すのに適しているんですよ」
事実ワンピースの下には、柄だけの魔法剣と小さな頃から愛用しているナイフが巧妙に隠されていた。
「なら良いか。アスカは?」
「アスカも変装して町を探索しています。先ずは獲物を探さないといけませんからね。さっ、行きましょう」
二人は並んで雑踏の中へ消えていった。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。現在変装して十六番街へ潜入していますが、案外ばれないものですね。
十六番街は『エルダス・ファミリー』の本拠地であり、その圧政ぶりを示すように街は荒れ果てて荒廃していました。
たくさんの浮浪者や明らかにカタギではない方がたくさん道を歩いています。
統治するのではなく支配して搾り取る。暴力が支配する世界とはこんなものなのでしょう。
「あんまり離れるなよ、ここの治安はシェルドハーフェンでも最悪だからな」
「見れば分かりますよ。お義姉様もがっかりするでしょうね。こんな場所を奪っても、なんの利益にもならない」
「ああ、だから『ターラン商会』もここに支店を置いてないのさ。単純に利益が見込めないし、強盗が多いからな」
「賢明な判断ですね」
私達は並んで目立たないように道の端を歩きながら小声で言葉を交わします。さて、アスカが探してくれていますが心配になってきました。なにか手がかりがあれば良いのですが。
そう考えていると、いつの間にか私達の進路を塞ぐように三人の見るからに悪そうな男性が現れました。
「兄ちゃん、中々の上玉を連れてるじゃねぇか。命が惜しかったら女を置いて失せな」
「あ?」
ルイの視線が鋭くなりますが、それは別に構いません。だって、手懸かりになるかもしれない存在が向こうから来てくれたんですから。
「ちょうど良かった。ルイ、抑えてください。皆さんに聞きたいことがあったんです」
「ああ?なんだ?嬢ちゃん」
「ふふふっ、良いことですよ」
ルイを連れて三人を路地裏へ引き込みます。素直について来てますね。明らかに怪しいのに。
路地裏は更に荒れ果てていますが、幸いこの辺りには誰も居ないみたいです。
「なんだ?なんだ?こんな場所に連れてきてよ。良いことをしてくれるんだろ?」
「もちろんですよ」
「そりゃ楽しみっ……ふごっっ!?」
私は前を向いたまま右足を思いっきり後ろに振り上げます。すると私の踵が男性の漢を直撃して悲鳴が聞こえました。あっ、サンダル履いてるの忘れてました。
素足に伝わる生の感覚を味わってしまった。気持ち悪い。
「なっ!?」
「オラッ!」
「げっ!!?」
ビックリしたもう一人をルイがすかさず鳩尾に拳を叩き込んで黙らせます。
「てめえ……!」
最後の一人が懐へ手を伸ばします。武器を出すつもりでしょうか?
それよりも先に、屋根の上から小さな影が飛び掛かります。その影は肩車のように男性の方に乗ると。
「やっ」
「くけっ!?」
事も無げに首を捻って骨を折りました。幼いとは言え獣人。その力は大人顔負けです。腕相撲でルイに勝てるくらいですからね。
「アスカ、助かりました」
「……ん」
飛び降りた影、アスカは男性から飛び降りて着地すると男性は仰向けに倒れました。
ちなみにアスカの服は私とお揃いのワンピースタイプ。私と同じで服に頓着が無いので、取り敢えず同じ服を用意してみました。色はその綺麗な黒髪に合わせて黒色です。
なんと無く大人びて見えますね。さすがは黒色。
「うおっ!?アスカ!?いつの間に!?」
私の後ろで二人の男性を縛り上げていたルイがアスカに気付きます。
「……ずっと居た」
「ルイ、アスカはずっとついてきてましたよ。屋根を伝いながらね」
「マジかよ」
「……マジ」
身軽で身体能力が高いアスカにとって、無駄に密集した市街地を走り回るなど容易いこと。屋根さえ彼女にとっては道となります。
「……殺したら駄目だった?」
縛り上げられている二人を見てアスカは心配そうに聞いてきます。
「問題ありませんよ、二人も居れば上出来ですから」
もし殺した男性が情報を持っていたらその時は運がなかったと諦めて次を探すだけです。
さて。
「改めまして、ごきげんよう。気分は如何ですか?」
私は縛られた二人を見下ろしながら声をかけました。
「なにしやがる!?ふざけやがって!」
「最高の気分だよ、縛られてなきゃもっと良いんだがな?」
おや、一人は意外と余裕がある。これは期待できそうです。
「ルイ」
「おう」
「むがっ!?」
取り敢えずうるさい方の口を塞ぎます。
「簡単な質問をさせていただきます。正直に話していただければこれ以上危害を加えません。どうでしょうか?」
「内容次第だな」
「簡単ですよ、私達は『エルダス・ファミリー』について調べているんです」
「なんだ?『帝国日報』の連中か?」
おっと、勝手に勘違いしてくれましたね。ちょうど良いのでそれに乗ることにします。
「ええ、そんなところです」
「同業の連中が嗅ぎ回ってるぜ。『エルダス・ファミリー』は落ち目だからな、その情報を売ろうって腹だろ?」
「さて、どうでしょう?なにか教えてくれませんか?」
「俺が知ってることなら話しても良いぜ。その代わりヤらせろ」
「あ?」
「何て言えば俺は始末されるだろうな?」
「もちろん。お金ではどうですか?」
「銀貨二枚、それでどうだ?」
「貴方のお話にそれだけの価値があれば、ですよ?」
「近くにある事務所の場所を話す。それだけだ」
「ほほう、事務所」
これはいきなり当たりを引き当てたかもしれませんね。
「そうだ。場所は、この先の突き当たりを右に曲がって直ぐの建物だ。赤い看板が出てる」
「赤い看板ですか」
「『エルダス・ファミリー』のカラーさ」
「分かりました。でも、そんな情報を売って良いんですか?」
「あいつら、抗争してるんだろ?俺たちにも召集がかかったんだ。と言っても、報酬は銅貨一枚だぜ?誰も相手にしなかったんだよ」
「なるほど」
まさかこうも簡単に情報が手に入るなんて。幸先が良いですね。そう思った矢先。
「待てよ、シャーリィ」
ルイが声をかけてきたのです。
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