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無限城での激闘を終え、スタジオの照明が落ちる。しのぶは、きつく締められた隊服の襟元を緩めると、ふう、と長く息を吐き出した。あの憎悪に満ちた毒の応酬も、骨を削るような殺意の演技も、すべてはカメラが回っている間だけの話だ。「しのぶちゃん、お疲れ様! 今日のラストシーン、最高に可愛かったよ」
背後からひょいと顔を覗かせたのは、先ほどまで彼女に引導を渡そうとしていた宿敵、童磨だった。彼はすでに教祖の法衣を脱ぎ捨て、ラフなパーカー姿に着替えている。しのぶは冷ややかな、けれどどこか愛着の混じった視線を彼に向けた。
「……五月蝿いですよ。早く帰りますよ、童磨さん」
「つれないなぁ。でも、そんなところも大好きだよ」
童磨は屈託のない笑みを浮かべると、自然な動作でしのぶの手を取った。指の間に自分の指を滑り込ませ、しっかりと絡める「恋人繋ぎ」。つい数時間前まで殺し合っていた二人とは思えないほど、その掌の温度は親密に溶け合っている。
二人は並んでスタジオを後にし、夜の街へと踏み出した。ネオンの光が、繋いだ手に反射して揺れる。
「あーあ、ようやく終わったね。明日からはしばらく休みだし、二人でゆっくりできる」
「そうですね。まずはその、あなたの頭に乗っている血糊を完全に落とすのが先決です。家のソファを汚されたら堪りませんから」
「あはは、厳しいね! でも、しのぶちゃんがお風呂で洗ってくれるなら、僕は大歓迎だよ」
そんな軽口を叩き合いながら、二人は共通の鍵を開けて、静かな住宅街にあるシェアハウスへと滑り込んだ。玄関のドアが閉まった瞬間、しのぶの肩からすとんと力が抜ける。張り詰めていた「胡蝶しのぶ」という役から解放され、ただの彼女に戻る瞬間だ。
しのぶは繋いでいた手を離そうとしたが、童磨はそれを許さず、さらに力を込めて彼女を引き寄せた。
「……童磨さん?」
「しのぶちゃん、お疲れ様。よく頑張ったね」
いつものおどけたトーンではない、低くて穏やかな声が耳元に届く。彼はしのぶの額にそっと自分のそれを押し当てた。撮影現場では決して見せない、慈しみに満ちた瞳がそこにある。
しのぶは少しだけ顔を赤らめると、観念したように彼の胸に頭を預けた。
「……疲れました。今日はもう、夕食はデリバリーで済ませますよ」
「賛成。じゃあ、メニューを選ぶ間もこうしてようか」
童磨は彼女を包み込むように抱きしめ、空いた方の手でスマートフォンの画面を操作し始める。復讐劇の主役たちは、いまやどこにでもいる、ただ幸せな恋人たちの夜を過ごし始めていた。
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れもんてぃ🍋
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