テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
あの大炎邪戦の後、兄は事実上の無罪放免となった
槐が大炎邪の討伐を目的としていたこと、それを新当主である苑良が成し遂げた事実
そして、この愚行によって槐の余命が幾許もないことから死罪をしてもあまり効果は無いだろうということから苑良は無事兄の身柄を取戻し保護することが出来た
「…兄ちゃん、調子どう?」
扉を軽くノックして静かに開く
ベッドに横たわる兄はゆっくりとこちらへ視線をよこし申し訳なさそうに笑った
「あぁ…大丈夫だ。……すまないな、迷惑をかけて」
「いいんだよ、……俺が、最後までそばにいさせてくれって泣きついたんだから」
槐と総代は最初、本家に身を置こうとしていた
だが苑良がそれを必死に止めなんとか伊沙奈と暮らす自宅へ連れ帰ったのだ
「…ありがとう、」
「ん、それよりさ、俺今までのこと話したい」
「あぁ…そうだな、沢山聞かせてくれ」
───
─
「でさ、ここ数年くらいで伊沙奈の料理の腕がめちゃくちゃ上がってて、ほら、美味いだろ?」
伊沙奈が作り置きしてくれているものを兄と一緒に食べながら色々な話をした
伊沙奈のこと
俺の事
学校のこと
「たしかに美味いな、いいお嫁になりそうだ」
兄が嬉しそうに言った言葉に俺は喉を詰まらせた
「ん”っぐ、げほっ…ごほっ…!」
「おい苑良、大丈夫か?ゆっくり噛んで食べなさい」
呆れたようにいいながら背中をさすられる
「あ”にきが、変な事言うからだろ…」
「苑良が言っていたんだろう、伊沙奈に好きな人が出来た、と」
「言ったけどさぁ…」
あれからも変わらず泉見に惹かれているらしい妹はいつ嫁に出したって問題ないほど出来た子である
それは認めるが
が…
「まだ嫁に出したくない…!」
「あの泉見くんだろう?優良物件だと思うが。」
箸を握りしめる俺を横目に味噌汁を飲みながらそう言う
「ぐぅ…、」
「顔、性格、家柄、どれも申し分ないだろう。カミガカリとしても優秀だしなぁ」
「いや、俺だって嫌いじゃねぇけどさ…でもあいつ天性の人たらしだし…誰にでもああだし…」
味噌汁の具材を行儀悪いが箸でつつきながら少し口を尖らせながらブツブツという
「苑良も絆されてしまった相手だものなぁ?」
「ぐっ…、!!絆されてねぇ…!」
「そうか?魔法少女と戦っていた時彼が倒れたのを酷く気にしていたろ。その後も、彼の能力についてお前は信頼を置いていたようだし素直に意見を聞き入れている部分もあったようだが。」
おかずを米と食べながら、的確に苑良の図星を突いていく非情な兄
「それは…だって…」
もごもごと言い淀みながら小さくため息をつく
「…最後に決めるのは伊沙奈だぞ」
「わかってるよ…分かってるけどさぁ…、」
あの日死にかけていた妹を、二度と傷つけさせはしないと必死に守ってきた
「高校卒業までには…ちゃんと妹離れするから…、まだ、まださぁ…」
「あまり伊沙奈の人生を縛り付けるなよ」
「…伊沙奈が連れてきたら、俺は首を縦に振るしかできないよ、……まだ心の準備が出来てないだけで、」
茶碗を見つめて顔を上げれずに居ると大きな手が「仕方ないな」なんて優しく撫でてくる
「……兄ちゃんからだって、まだ離れられてないんだからな」
「…そうだな」
優しく撫でつける手がふと止まり、小さな声が耳を揺らした
「伊沙奈の晴れ舞台まで、俺はいられないだろう。……その時は、苑良。任せたぞ。」
小さいのにはっきりとした言葉に喉がひきつる
「なるべく、長生きしてくれよ……槐兄ちゃん、」
情けなく震える声に嫌気が差す
「あぁ、なるべくな」
優しく、心底愛おしいものを見るように暖かい微笑みに苑良は縋り付きたくなった
───
─
数日後、伊沙奈と槐もそこそこ会話を重ね兄妹らしく食を囲み落ち着いてきた頃
苑良は脊古、トール、泉見の3人を呼び出していた
「どうしたんだい、苑良くんが呼び出すなんて珍しいね」
「また、何かあった、のか?」
「御剣さんは学校では普通でしたけど、もしかしてお兄さんの方で何かあったんですか?」
「いや、何かあったという訳では無い、んですケド…」
当然のように集まって心配の声をかけてくれる3人にむず痒い気持ちになりながら首を横に振る
「あの、その、兄のこととか、伊沙奈…のこと、とか、沢山ご迷惑をかけた、ので……あまり高価なものとかではないんデスケド……」
普段こんなことをしないからしどろもどろになりながらも3人へ紙袋を渡す
兄と総代に相談し決めた和菓子店のお菓子……それぞれの好みがわからなかったためその店で人気の菓子と茶葉のセットが入っている
「一応、ちゃんと相談の元選んだので、不味くは無いはず……です……」
受け取ってから何も言わない3人が怖くて顔を見ることができず俯いていると
「先輩!!!」
泉見に大きな声で呼ばれびっくりして顔を上げた
「な、なん、なんだ、」
「ありがとうございます!!!僕だってマガカグツチのこととか色々隠してたのに、こんな……嬉しいです!僕も今度なにかお返ししますね!!」
「ぇ、いや、お返しとかは……べつに、」
手を掴まれブンブン振り回される
この妙に懐に入るのがうまい男に目を白黒させているとその後ろから脊古も加わった
「いやぁ、苑良くんセレクトのお菓子かぁ、楽しみだねぇ
有難く美味しくいただくよ。俺からもお返し用意するから今度時間合わせようか」
「え、いや、ほんとそんな、」
「これ、先生が美味しいって、言ってたヤツ……苑良、ありがとう。私もなにか、用意する。」
「えっ、」
この3人が邪険に扱うとは思ってはいなかったが想定より何十倍も暖かい反応でたじろいでしまう
「また任務で頼るかもしれないし、お兄さんのこととか気になるから時々連絡取ろうね」
「ぁ、ぅ…」
「先生も、苑良と兄のこと、あと伊沙奈ちゃんを気にしてた。時々様子見に行く、から、連絡しろ」
「ぇと、」
「先輩、学校で見かけたら話しかけてもいいですか?せっかく同じ学校なんですしもっと仲良くなりたいなって!」
脊古には軽く頭を撫でられ、トールは当然のように個人LINEをグループ経由で繋げ、泉見は天性の人たらしな笑顔で絆にかかる
「……今後とも、よろしくお願いシマス…」
これからも関係が続けば、とは思っていたけれど、こんな風に詰め寄られては対人が不慣れな苑良には上手く返す言葉も思いつかず真っ赤に染まる顔を隠すように俯きながら小さく答えるしかなかった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「あ!苑良せんぱーい!」
学校でよく話しかけられようになった
「……なんだ?」
廊下ででかい声で呼ばれて駆け寄られては、反応しない訳にはいかないしため息を飲み込んで振り返る
ニコニコと笑って目の前で止まる後輩はとある1件で(不本意だが)大変世話になった奴で
「いえ、たまたま見かけたので…」
クラスであった事や伊沙奈のことなど何かしらをしゃべり、俺はそれに軽く相槌を返す程度
けれど伊沙奈以外と会話することがほとんどない為それを知る同級生たちには好奇の目が向けられる
「そうだ、今度脊古さんたちも誘って4人でご飯でも行きませんか?」
「はぁ…?なんで…んなこと…」
眉を寄せながら言うと泉見はやはり当然と言ったような顔で笑う
「これからもお世話になりますし、ひと段落着いたってことで、打ち上げみたいな!」
もうお店も考えてて〜なんて断られることを考えてないのか、断られても特に気にしないからなのか……多分気にしないんだろうな
用事があったかなくらいの認識で、こいつは人を誘うしスっと身を引くんだろうから
「…はぁ、日時が決まったら連絡しろ。伊沙奈に伝えないといけねぇから。」
「!はい!!あ、僕から御剣さんに伝えますよ!その方が多分早いので!!おっと、そろそろ教室戻るので、また!」
「は?おい、伊沙奈には俺が……足はぇーな…」
言いたいことだけ言ってさっさと走っていく後ろ姿を呆然と眺める
「なぁ、御剣ってあんなに喋ったっけ…?」
「いや、妹と話してるとこしか見た事ない…あの後輩なんなんだ…?仲良いのか…?」
「仲良いにしては素っ気ない…いやでも会話してるだけ仲はいいのか…?」
見ていた同級生がヒソヒソと話しているのが聞こえる
その声がなんだか苦しくて逃げるように自分の教室へ戻った
(…全てが終わった今なら、もう少し、気を抜いてもいいのかな)
席に着いて空を見上げる
任務で眠れずその不足を学校で補っていた
兄の事を調べて何も分からないことに焦って必死だった
伊沙奈を守りたかった
それらが解決した
真実も知った
伊沙奈も大炎邪から解放された
兄も、ほんの少しでもそばにいられる
──息が吸えた気がした
仲間ができた
慕うように後ろを追いかけてくる後輩が出来た
背中を見せられる友人ができた
久しぶりに見あげた空は、眩しくて目が痛くなるほど青く澄んでいた
__数ヶ月後、あるいは数年後
兄が息を引き取った
当然だ、野槌神は”ほんの少しだけの時間”を与えたに過ぎないのだから
5年を埋めるには全然足らなかったけど、それでも、最期までそばにいられた
思い出もできる限り作った
伊沙奈も兄も幸せそうに笑ってる瞬間が何枚も引き出しの中に詰まってる
伊沙奈には恋人ができた
幸せなんだそうだ
会ってみれば、まぁ誠実そうで
兄は賛成していたし、俺としても幸せな妹の邪魔はしたくない
脊古さんもトールさんも泉見も、相変わらず活躍しているらしい
あの3人は強いし、きっとこれからもっと強くなる
マイちゃんもテレサさんも由比さんも、みんな変わらず元気らしい
いい事だ、楽しい時間をいつでも共有できる人もいうのは、大事にしなきゃいけない
家の中が静かに感じる
『お兄ちゃんご飯だよ!』
鈴が転がるような声も
『苑良、今日はどうだった?』
低く落ち着く声も聞こえない
「……。」
兄は幸せに逝った
伊沙奈は自分の未来を歩き始めた
彼らも、明るい明日へと足を踏み込んでいる
───じゃあ、俺は?
あの日の真実を知りたかった
伊沙奈を二度と傷つかないよう守りたかった
兄と過ごしたかった
全て叶った
もう、守らなければと自分を追い込む必要も
立たなければと剣を突き立てる必要も
死んでたまるかと、顔をあげる必要もない
──いや、死ぬのはだめか
ふっと息が零れ喉を占めるように笑った
兄が横たわっていたベッドを、扉の外から眺める
今でも兄が起き上がって本を読んで居るように見えてしまう
そんなわけが無いのに
そこには何もないのに
キッチンからはトントントンと野菜を切る音が聞こえる気がする
自分以外に料理を作る人は新しい未来へ足を向けたのに
廊下から、リビングの窓が見えた
あの日と同じだった
全て上手くいったと、心の底から実感した日
これで幸せな結末になれたと、息を吸った日
あの日から見ていた空は綺麗だったはずなのに
これから何をすればいいか分からない
目的は全て果たした
生涯を懸けてでも成し遂げようとした目的だった
全て叶った
やっと全て終わった
───でも息苦しく感じた
あの日感じたような感覚はなかった
窓の外の空は、嫌になるほど青かった
#自探索者
ゆむ。
98
#腐向け注意!
テリー・オスト
130
207
コメント
1件
めっちゃ刺さった…日常シーンの温かさと、全部終わった後の静かな喪失感の対比がえぐい。兄ちゃんとの食卓や泉見たちとのやり取りで少し緩んだ空気がラストで一気に「ああ、終わったんだ」って突きつけられる感じ、読んでて胸がぎゅっとなったわ。“守るものが無くなった強さ”ってめちゃくちゃ複雑で、そこに踏み込んだラスト、めちゃ良かった。