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それは、いつものような悪戯から始まった。
少なくとも二人はそう思っていた。
「ん?」
セブンがモニターを見ながら眉をひそめる。
「どうした?」
向かいでポテトをつまんでいたNoliが顔を上げた。
「追跡されてる」
その一言で空気が変わった。
セブンの画面には、侵入先のログが表示されている。
通常ならありえない反応速度。
異常な監視。
不自然なアクセス。
相手もこちらを探し始めていた。
しかも。
かなり本気で。
Noliはポテトを咥えたまま画面を覗き込む。
数秒後。
「うわ」
珍しく引いた声を出した。
「ガチだ」
「ああ」
「運営ブチ切れてる」
「みたいだな」
大手ゲーム会社だった。
予算もある。
人員もいる。
そして何より。
プライドがある。
今まで散々好き放題やられてきたのだから当然だった。
今回ばかりは本気で犯人を捕まえるつもりらしい。
Noliは口笛を吹く。
「有名人になったね、僕たち」
「喜んでる場合か」
「少しだけ嬉しい」
「馬鹿か」
「馬鹿だよ」
その直後。
警告画面が赤く染まった。
追跡レベル上昇。
匿名化層突破。
ルート解析開始。
「……来たな」
セブンが呟く。
Noliの笑顔が消える。
代わりに現れたのは、仕事モードの顔だった。
「移動しよう」
「同感」
五分後。
二人は機材を抱えて夜の街を走っていた。
⸻
深夜二時。
24時間営業のファミレス。
客はまばらだった。
奥の席。
ドリンクバーの近く。
そこに二人は陣取っていた。
ノートPCが二台。
ケーブル。
予備バッテリー。
散乱するレシート。
冷めたフライドポテト。
どう見てもまともな客ではない。
「左を頼む」
セブンが言う。
「了解」
Noliが即座に動く。
キーボードを叩く音が止まらない。
追跡は続いていた。
一つ防壁を作れば突破される。
ルートを変えれば追いかけてくる。
まるで狼の群れだった。
運営のセキュリティチームは本気だった。
「しつこいな」
Noliが呟く。
「人気者だからな」
「嬉しくない人気だ」
「さっき嬉しいって言ってただろ」
「今は言ってない」
そんな軽口を叩きながらも手は止まらない。
数時間が過ぎる。
コーヒーの空きカップが増える。
窓の外の闇が少しずつ薄くなっていく。
眠気はとうに消えていた。
あるのは興奮だけ。
追われる緊張感。
負けられない意地。
そして。
隣にいる相棒への信頼。
「Noli」
「ん?」
「右側が崩れる」
「任せろ」
即答。
数秒後には修正完了。
今度はNoliが声を上げる。
「セブン」
「なんだ」
「後ろから来てる」
「見えてる」
こちらも即答。
余計な説明はいらない。
何年も一緒にやってきた。
どこを見るか。
何を考えるか。
今なら何をするか。
全部分かる。
まるで一つのシステムみたいに。
⸻
午前五時四十七分。
セブンが最後のコマンドを打ち込んだ。
静寂。
数秒。
そして。
追跡ログが止まる。
完全に。
ぴたりと。
Noliが画面を凝視する。
セブンも見る。
一分。
二分。
三分。
反応なし。
追跡なし。
警告なし。
そして。
「……勝った?」
Noliが小さく言う。
セブンはログを確認する。
再確認する。
さらに確認する。
それから。
初めて椅子にもたれた。
「勝った」
その瞬間。
Noliが椅子から転げ落ちた。
「うわっ!?」
「終わったぁぁぁぁ!!」
床に寝転がる。
店員が二度見した。
気にしない。
Noliは天井を見ながら笑っていた。
疲労と興奮でぐちゃぐちゃになった笑いだった。
「生きてる……」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃない」
Noliは腕で目を隠す。
「あと一歩だったぞ」
「ああ」
「マジで危なかった」
「ああ」
「楽しかったな」
セブンは一瞬黙る。
そして。
「少しな」
そう答えた。
⸻
店を出た時には朝だった。
空は淡いオレンジ色。
徹夜明けの街がゆっくり目を覚ましている。
二人とも眠気でふらふらだった。
「腹減った」
Noliが言う。
「俺も」
近くの屋台でサンドイッチを買う。
缶コーヒーも買う。
特別なものじゃない。
高級料理でもない。
ただの朝食。
歩道のガードレールに腰掛けて食べる。
風が気持ちよかった。
Noliが一口かじる。
そして目を見開く。
「うまっ」
「普通だろ」
「いや、うまい」
「徹夜補正だ」
「それでもうまい」
笑う。
セブンも少し笑う。
眠い。
疲れてる。
肩も痛い。
だが妙に満たされていた。
Noliは缶コーヒーを片手に空を見上げる。
「なあ」
「なんだ」
「今日のこと、たぶん忘れない」
珍しく静かな声だった。
セブンもサンドイッチを食べながら空を見る。
朝日が眩しい。
「そうだな」
短く答える。
本当にその通りだった。
数え切れないハッキングをした。
数え切れないサーバーを落とした。
けれど。
追手から逃げながら背中を預け合ったあの夜と。
勝利のあとに食べた安い朝食の味だけは。
何年経っても。
二人とも忘れなかった。
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