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僕たちは長いこと片思いを続けた、いわゆる戦友みたいなものだったから、お互いの恋が実って本当に良かったと思う。
明智と坂本さんが付き合い始めた頃に入籍を済ませた僕たちだったけれど、もともと言葉巧みに春凪を騙して同棲はしていたからか、思いのほか生活自体に変化はなくて。
もちろん先月式を挙げたことで、僕自身に関して言えば、いよいよ本格的に『オリタ建設』の方へ戻る時期が決まったりと、公の部分では動きがありはするのだけれど。
正直プライベートと仕事はまた別の話だとも思っているからね。
「お前も来年にゃあ家業の方へ戻るんだろ? ――で、嫁さんはどうするつもりだよ?」
ついでのように聞かれて、僕は小さく吐息を落とした。
「ま、聞くまでもねぇか。お前のことだからどうせ彼女も今の会社から引き抜いて、自分トコへ連れて行く気なんだろ?」
現行の会社、『神代組』でも、春凪は僕にとってなくてはならない存在だった。
春凪が入社する前はどんな風に仕事をこなしていたのか思い出せなくなりそうなほど、僕は春凪に助けられているし、彼女のことを必要だと感じている。
けど――。
「そうしたいのは山々なんだけど……母と父の圧力でそこは無理っぽいんだ」
溜め息を落としながら「春凪は織田にとっても、大事な嫁になってしまったからね」と付け加えたら、明智があからさまに驚いた顔をした。
「織田にとってもって……。お前、そんなに従順な息子だったか?」
こと、春凪が絡んだら僕が一筋縄ではいかないことをよく知っている明智らしい物言いに、僕は思わず笑ってしまう。
「まぁ春凪絡みなら尚のこと、僕は普通なら絶対に言いなりになんてならないよね」
そこでグラスの中の黒ビールを一気に煽ってから、「酒ばっか飲んでたら悪酔いしそうなんだけど……僕たちの方にはつまみ、ないの?」と、空になったグラスを明智に手渡した。
「白ビール」
黒ビールは少し癖が強いビールだ。
お代わりするなら通常のビールよりも苦味が少なく、フルーティな甘みを感じられる白がいいと告げた僕に、明智は一瞬だけ眉根を寄せると
「ちったぁーペース落とせよ?」
言いながらもお代わりのグラスとともに、冷蔵庫からエビとスモークサーモンの生春巻きを出してくれる。
真ん中のところで一口大。斜め切りにカットされた生春巻きは、半透明な皮の中、紫キャベツやきゅうり、水菜、アボカド、トマトが一緒に巻かれているのが見て取れた。
「作り置きだけど味は保証してやる」
生春巻きが六本分乗っかった皿とは別に取り皿かな? 小皿と箸を手渡された僕は、早速目の前に置かれたつまみを小皿に取ってから口へ放り込んだ。
「柚子胡椒?」
どうやら中にあらかじめ柚子胡椒入りのドレッシングが忍ばせてあるらしい。
スモーク臭とともに鼻へ抜けた爽やかな柚子の風味と胡椒の刺激を、素直に美味いと思った。
「後付けで柚子レモンソースを掛けて食うのも美味い。――ま、今回はお前相手だから作んねぇけどな」
ククッと笑う明智に「僕相手でも作れよ」と言ったら「腐れ縁のくせに他のお客さんやほたるちゃんたちと同じ扱いなんて期待すんな」と笑い飛ばされてしまう。
(本当、こいつのこういうところ)
明智の、僕に対しても遠慮のない裏表ない態度が、普段織田の御曹司という色眼鏡で見られがちな僕にとっては新鮮で逆に嬉しかったりする。
そんなことを言ったら、目の前の悪友は嫌な顔をするだろうか。
*
「親がさ、言うんだ。春凪に仕事なんて続けさせて子供が出来たらどうするんだ?って」
明智が、僕同様生春巻きを小皿に取り分けて口に運んだのを見届けてボソッと言ったら、「え?」と問い返された。
「だからっ。子供だよ、子供」
我が子が結婚したのだから、親がそういうことを考えるのは自然な流れなんだろう。
ましてや僕は、一応織田の跡取り息子。
もちろん織田には妹だっているから、絶対に僕たちがその責務を負わないといけないわけじゃないんだけど、残念ながら夏凪にはまだ結婚の予定はおろか恋人の影もない。
となれば、必然的にこちらへの期待値が上がってしまうのは仕方ないことだろう。
自分がオリタ建設に戻るにあたって、妻も神代組から引き抜きたいと話したら、神代を辞めさせるのは賛成だが、オリタに連れてくるのはなしだと言われた。
両親は、子供が出来た場合に備えて春凪は家にいた方が得策だという考えらしい。
(すでに彼女が身ごもっているとかならまだしも気が早過ぎだろ!)
そう思った僕が『もし仮に春凪が妊娠したとして、すぐさま仕事を辞めねばならないとは思わないんですけどね?』と反論したら、『春凪さんの性格を考えた上で言ってるの?』と、母から溜め息をつかれてしまった。
何度か春凪と接するうちにさすがと言うべきか。
母はもちろんのこと父も、春凪の特性を見抜いてしまったらしい。
『仕事が忙しかったりしてみろ。お前が選んだあの子は、自分を優先して体調不良を訴えてくれるようなタイプか?』
母を援護するみたいに、父からもそう言われてしまった僕は、グッと言葉に詰まった。