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フレミー家から帰宅したエルヴィーラは、自室へ向かう途中大きな物音に足を止めた。ガシャンッ‼︎ 何かが割れた音だ。
「ヴェローニカ様! 落ち着いて下さい!」
「ヴェローニカ、ど、どうしたの⁉︎」
まただ。屋敷から出れないヴェローニカは度々癇癪を起こし手が付けられない。
「レンブラント様に会いたいの‼︎ どうして会えないの⁉︎ 私ずっと我慢してきたのに‼︎ こんなのおかしいわ‼︎」
両親は妹を修道院へ戻すとレンブラントと約束したにも関わらず、未だに適当な理由を付けては屋敷に留め置いている。余程妹が可愛くて仕方がないのだろう。昔からずっとそうだった。差し詰めレンブラントとの約束も始めから守るつもりは無く、ダラダラと引き伸ばし反故にするに違いない。折角手元に戻って来た愛娘を手放したくないのが透けて見える。それとは対照的に、もう一人の娘である自分がクラウディウスに婚約破棄された時は大した関心も示さなかった。ただ「王太子妃にもなれないなんて、本当に役に立たないわね」そう両親が話しているのを聞いた。
エルヴィーラは騒がしい妹の部屋の近くを足早に通り過ぎた。
自室に入り内鍵を掛ける。来客がある時以外は勝手に誰かが部屋に入れない様に常こうしていた。家族も使用人も、この屋敷を構成しているもの全てが好きじゃない。なので極力関わりたくないからだ。
窓辺に座り外を眺める。
今日はティアナに会って話を聞いて貰えた。突然押し掛けた無作法な自分を彼女は快く迎え入れてくれた。帰り際も態々馬車まで見送ってくれ「また何時でもいらして下さいね」そんな風に言ってくれた。お世辞と分かっているが嬉しくてその瞬間、折角おさまった涙がまた溢れそうになってしまった。
エルヴィーラはフローラが現れてから毎日不安に感じながら過ごしていた。その理由は、クラウディウスが異様な程に聖女である彼女に興味を示したからだ。
少し前まで悩んでいたクラウディウスは目に見えて変わっていった。正に水を得た魚の様に生き生きとして見えた。彼女の話を嬉々として話す姿を見ているのが辛かった。そして遂に恐れていた事があの日起きた。
『私との婚約を解消して欲しい。彼女の存在はこの国の未来の為にも不可欠なんだ。エルヴィーラ、君なら分かってくれるだろう?』
エルヴィーラは、クラウディウスから婚約解消の申し出を受けてから精神的に不安定になってしまい塞ぎ込み自室に引き篭もった。何時だかティアナから手紙が届いたが、開封すらせずに引き出しに閉まったままにしていた。更に何時だかヘンリックとテオフィルがエルヴィーラを訪ねて来た事もあったが、とても会う気分にはなれず帰って貰った。
そんな日々が一ヶ月程続いた。
ーー消えてしまいたい。
そう思う様になっていった。大袈裟だと思うかも知れないがエルヴィーラにとってクラウディウスはそれ程大きな存在であり心の支えで生きる意味であり……全てだった。その彼から見放されてしまったのだ。自分から彼を差し引いた時、何もないのだと気が付いてしまった。両親が言う様に今の自分は役立たずに違いない。
ーー悲しくて、苦しくて、辛くて、痛い。身体がバラバラに切り裂かれた様に痛くて、痛い。
バルコニーに出て下を眺め、あぁここから落ちたら楽になれるかも知れないとボンヤリと考えた時だった。何故だがふとティアナからの手紙を思い出し衝動的に開封をした。そして読み終えた後、無性に彼女に会いたくなりそのままエルヴィーラはフレミー家へと向かったのだ。
彼女は不思議だ。初めてティアナと会った時、不思議な魅力を感じた。彼女の側に居るだけで心地が良くて温かい気持ちになる。美術品を好むクラウディウスと何時か一緒に見たあの絵画を思い出す。あの絵画を見た時も同じ様な気持ちになった。
『これは何百年前に実在した聖女をモデルにした作品なんだ』
皮肉にもあの時から聖女のその絵画はエルヴィーラが何よりも好きな絵画になった。そして何時か聖女に会ってみたいとすら思っていたが、その聖女に大切な人を奪われてしまうなんて思わなかった。
『エルヴィーラ‼︎』
幼い頃、王太子の婚約者だったエルヴィーラは誘拐された事があった。たった三日だったが、エルヴィーラにとっては酷く恐ろしく長い時間に思えた。肌寒く薄暗い場所と冷たく固い石畳、地下牢の様な場所に閉じ込められていた。乱暴に扱われ、出された食事に手を付けないと殴られ水まで掛けら怒鳴られた。それでも言う事を聞かないと首を掴まれ最後には締められた。その瞬間幼いエルヴィーラは死を覚悟したが、タイミングよく兵士等の助けが来て急死に一生を得た。そんな兵士等に混ざりクラウディウスも助けに来てくれており、衰弱したエルヴィーラを誰よりも早く抱き締めてくれた。
『すまない、私の所為だ。だがもう二度と君にこんな思いはさせない。私がエルヴィーラを護るよ』
誘拐事件の後、暫くして殴られた痣は消えたが何故か声が出なくなった。医師によれば精神的なものだろうと言われ、それからずっと家族と彼以外とは話せなくなってしまった。
『エルヴィーラ、愛しているよ』
それでも彼はこんな自分を見捨てずに、婚約者として側に置き優しく大切にしてくれていた。
「クラウディウス様……私も貴方を愛しております」
愚か者で構わない。例え二度と彼に必要とされなくとも、この想いを捨てたりはしない。
今そんな風に思えるのもティアナのお陰だ。もう少し落ち着いたら彼女に何かお礼をしたいと思い、エルヴィーラは一人笑みを浮かべた。