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「結局、香津美は自分が「正しい」と思った通りの行動しか出来ないんだな。俺がこれだけ心配しているってのに」
柚瑠木さんが帰っていった後の寝室のベッドの上、私は聖壱さんに抱き締められて髪を弄られている。
彼がこれからの事を心配している事は分かるから、好きにさせているけれど……困ったことにいつまでたっても離してくれないのよ。
「聖壱さんの気持ちは嬉しいわ。だけど聞いた以上私も貴方の妻として役に立てることを見せたいし、何も知らされてない月菜さん一人を危険な目にあわせるのも気分が悪いしね」
そう、これは彼らのためだけではなく自分のためでもあるの。後でこうすればよかったわ、なんて後悔しないためにね。
「香津美のそういう所がたまらなく可愛い。意地悪そうな態度なのに、結局はいつも悪女になり切れてない……そういう所がどうしようもなく愛おしい」
「またっ……! そういう事ばかり言う。私そろそろ眠りたいの、この手を離して……きゃっ!」
彼の腕から強引に逃れようとすると、そのままベッドの上に押し倒されてしまう。長い髪がシーツに散らばって、それが目に入ると妙に緊張する。
「……なんのつもり?」
「今日の話し合いで香津美の発言に、俺はかなり我慢して反対しないでいたんだ。それを香津美はちゃんと分かっているか?」
そう言えば今日の話し合い、一番反対しそうな聖壱さんはほとんど黙っていた。やはり全部納得しているってわけではなさそうね。
「聖壱さんが私の事を心配して反対している事は分かってるわ。確かに危険な目にあうかもしれない、だけど……」
私が言い終わらないうちに、聖壱さんが私の両手首を掴んで片手でシーツに縫い留める。グイグイと動かそうとするけれどビクともしなくて……
「香津美はその危険な目のうちに、こういう可能性がある事も分かってるのか?」
そう言って聖壱さんはパジャマのボタンを外して私の肌に触れてくる。いつもだったら反抗するところだけれど、今日は何も抵抗はしなかった。
首筋に触れる聖壱さんの熱い息がくすぐったかったし、肌を滑る彼の手にゾクゾクもしたけれど……
「……何故いつものように抵抗しない?」
「だって、今の聖壱さんわざと私から嫌われようとしているでしょう? 貴方の思う通りになってあげるほど、私は可愛い女じゃないのよ。」
そうやって自分が悪者になってしまおうなんて、そんな考えは私には通じないの。そんなに簡単に騙されるような使いやすい女だとは思わない事ね。
「香津美……お前は本当に少しも俺の思い通りにはならない女だな。まあ、そこに惹かれているんだが」
「褒め言葉だわ、今まではずっと誰かの思い通りにならなきゃならない人生だったしね」
今まで学校も就職も習い事も……結婚も、すべて身内の望まれるがままに生きてきた。
だけどこうして素の私を認めてくれる人がいるだけで、私は何でもできるような気がしてくるの。
「こういう時ほど輝く女なんだな、香津美は。自由にさせてやりたい気もするし、守ってやりたくもなる。いつも俺の方が振り回されてばかりだ」
聖壱さんは私の手首から自分の手を離して、そっと私を起き上がらせてくれる。そのまま宝物を扱うかのように優しく抱きしめるから、文句も言えなくなるの。
「聖壱さんが見守っていてくれるって分かってるから、私も好きに出来るのよ? 何かあったときには貴方が頼りなんだから、ね」
そう、今までは家族にこの性格を注意されるばかりだった。だけど、今は違う……私のこの性格を理解し、そっと支えてくれる聖壱さんがいるから。
「香津美は俺をその気にさせるのが上手いな。それに、そんな事を言われて反対すれば俺は心の狭い夫になる」
「そうね、私の夫はそんな器の小さな男じゃないはずだわ」
彼の言葉に合わせるように返事を帰すと、聖壱さんは大きく息を吐いた後抱きしめていた腕を緩めた。
「香津美が俺を信頼するのなら、俺も香津美の事を信じる。だけど決して無理だけはするな、分かったな?」
「ええ、約束する」
コクンと頷き顔を上げると,なぜか聖壱さんの顔が近付いて……私は彼に合わせるように瞳を閉じた。彼の柔らかな唇が私のそれに触れる。
初めて唇が触れた時とは何かが違う、伝わってくる彼の温もりがほんの少しだけ愛しいと思った。
「キスしていいなんて言ってないのに……」
「どうぞ」とばかりに目を閉じたくせに、終わってみれば口から出てくるのはいつもの可愛くない言葉ばかり。素直な気持ちを言葉にするのは私にはまだまだ難しいみたい。
「どう見ても合意の上のキスだったと思うが?」
そんな私を楽しそうに揶揄う聖壱さん。やっぱり目を閉じるんじゃなかったかしら? でもさっきは何となく私も彼とキスをしたいと思ったの。少しだけ彼の熱を感じたいと……
「それに……この問題が解決したら、俺は香津美と本当の意味で夫婦になりたいと思っているしな」
そ っと耳元でそう囁かれて、顔が熱くなるのが分かる。この人は私の全てを本心で欲しがっている、なぜか私はもう聖壱さんから逃げることは出来ないような気がした。
「でも、私達は契約結婚だから……っ!」
私達は五年後に離婚するという決まりだったでしょう? その方が聖壱さんにとって都合が良いんじゃないの?
「契約結婚から本気になってはいけないという決まりでもあるのか? 俺はもう香津美を逃がしてやる気なんてないぞ?」
「だって、そう決めたのは聖壱さんの方なのよ? それなのになぜ……?」
分かってる、こんな事を言っても聖壱さんは自分の考えを押し通すに決まってる。強引で俺様な彼に私は結局勝てないでいるの。
「香津美が囮の件で傷付いて俺と一緒に居たくなくなるだろうと思ったが、もうその考え方は止めた。香津美の事は全て俺が受け止める」
「五年の契約はもしかして私のため……? この件で私が聖壱さんと上手くいかなくなった時、私が離婚を言いだしやすい様に?」
てっきり五年たてば私は用済みになるのだとばかり思っていた。それまで都合よく使われるだけの契約妻なのならば、私だって好きにしてやるとも。
「もちろん香津美の事は全力で守るつもりだったけれど、俺はこんな性格だし嫌われたらさっさと離れればいいって……でも今はもうお前の事を手離せる気がしないんだ」
そうだったの……私達が彼にとって囮のためだけの妻だったことは腹が立つけれど、今はこんなに大事にしてもらっている。私だけが特別なんだと言葉で態度で教えてくれる。
「もしかして柚瑠木さん達も同じ条件で……?」
「いや、柚瑠木は俺とは別の考え方だ。月菜さんがそれをどう受け取るかはまだ分からないが……」
どうやら彼らはまた私達とは契約内容が違うらしい。私は何も知らない月菜さんのことがどうしても気になっていた。
「そう、なのね」
「あの二人の事は俺達にはこれ以上口出し出来ない。今はそっとしてやってくれ」
聖壱さんの言葉に頷いて、いつも通り彼に腕枕をしてもらう。最初は苦手だったけれど、今はこれも落ち着くようになってきた。
私の後頭部をそっと撫でる聖壱さんの大きな手の優しさを感じながら、私は夢の中へと落ちていった。