レオンは報告書の続きを読み上げる。ジェフェリーさんの疑いが晴れたのは嬉しいけれど、それ以外に喜べるものは無いと言われてしまったのだ。気を緩めてはいけない。
「ジェムラート邸に出入りしていた魔法使いの正体は、10代前半の少年らしい」
「少年……!?」
「ああ。その少年は単身で旅をしていたそうでな。慣れない土地で親切にして貰った礼として、ジェフェリー・バラードに魔法を披露していたんだとさ」
「じゃあ、リズが見たのは……」
「間違いなく、その時の様子だろうな。ジェフェリー・バラードから聞いた話とも一致している」
魔法で花壇に水やりをしていたとリズは言っていた。ジェフェリーさんへの御礼……その少年はジェフェリーさんの仕事を手伝っていたのだ。
魔法使いの正体が子供だったなんて。ニュアージュの魔法使いならシエルレクト様と契約を交わして力を手に入れているはずだ。子供でさえ契約対象になり得てしまうのか……
「少年はすでに王都から離れていて、ジェフェリー・バラードと少年の間にも不審なやり取りは無かったとセドリックは判断したようだな。しかし、問題はここからだ」
レオンは深く息を吐いた。私達も固唾を呑んで彼の言葉を待つ。
「この少年を探していたのは、俺達だけではなかった」
「何それ? どういう意味なの、ボス」
「少年の関係者と思しき人間が、偶然にもジェムラート邸で臨時に雇われていたんだよ。それは少年と同じ歳頃の少女で、少年の所在を突き止めるために各地を転々としていたとの事だ。この少女がかなりの食わせ者だったようでな」
少女は魔法使いについて調べていたルーイ様達に敵意を露わにし、隠し持っていた武器で襲い掛かってきたのだという。セドリックさんが取り押さえて事なきを得たけれど、その騒動の最中にルーイ様が負傷してしまったのだと……
「えーっ!! 姫さんのお父さん、何でそんなヤバい奴雇ってんだよ。てか、先生大丈夫!?」
「……殿下、先生の容体は? 命に別状はないんですよね?」
「公爵邸で傷害事件だなんて、警備体制はどうなっていたんだ。もし、セドリックさんがいなかったら……」
「そんな……ルーイ様がっ……」
「みんな、落ち着け。先生は軽傷だよ。報告書と一緒に本人のメッセージも送られてきてるから」
レオンは報告書の中から1枚を抜き取り、私に手渡した。見てみろと促されたので、その紙に綴られた数行の短い文章を声に出して読み上げた。
『転んでお尻にアザできちゃった。たいした事ないから、みんな心配しないでね♡』
「姫さん……それ♡も書いてあるの?」
「はい。しっかりと」
ルイスさんにもルーイ様が書いた文面を見せる。それを確認した彼は小さく『マジだ……』と呟いた。私達を嘲笑うかのような気の抜けたメッセージ。ルーイ様らしいな……でも良かった、元気そう。
「クレハ様!? しっかりして下さい」
安心したらまたソファに倒れ込みそうになり、レナードさんのお世話になってしまった。せっかくルイスさんに『強い』と褒めて頂いたのに……。毅然とした態度を維持するのは難しい。
「先生は一見ふざけているように見えるが、こちら側に気負わせまいとの配慮だろう。しかし、軽傷だったとはいえ、襲われたということに変わりはない。我々はこの事態を重く受け止め、然るべき対応を行う」
少女は現在、私の家で拘束されているそうだ。魔法使いの少年もこの少女も、名前だけは明らかになっているけど、それが本名かどうかは不明。島で起きた事件との関連性はどうなんだろうか。
「そして次に、もう1人の調査対象であるニコラ・イーストンについてだが……こちらも困ったことになった。彼女の姿が屋敷から消えた。どうやらセドリック達が訪れた時点で、ニコラ・イーストンの部屋はもぬけの殻状態になっていたようなんだ」
「ニコラさんが!? どうしてそんな……」
「報告書には調査中となっている。自主的に姿をくらましたのか、あるいは誰かに攫われたのか……」
「やましいことがあって逃げたんじゃないの?」
「ルイス、証拠もないのに滅多な事いうんじゃない」
「だってさぁー。クライヴだって思っただろ」
最近様子がおかしいとは言われていたけど、まさかこんな事になってしまうなんて。自分の意思で屋敷を出たのならともかく、もし何かの事件に巻き込まれでもしていたら……
「他にも細々とした事が書いてあるが、報告書の中身を大まかに伝えるとこんな感じだな。最後にセドリックは増援を要請してる。自分たちだけの手に負えないとな」
「こんな一度にごちゃごちゃと問題が起きたらしょうがないよね。どうするの、ボス?」
「先ほど父上に報告と合わせて、この一連の事件においての捜査指揮を取らせて欲しいと申し出た。あまり良い顔はされなかったがな」
「ボス、めちゃくちゃ私情入っちゃいそうだもんね……」
「父上にも同じ指摘をされた。でも、粘り勝ちしたぞ。条件付きではあるが認めて貰ったよ」
「それは、どのような条件でしょうか?」
クライヴさんがレオンに質問をしたその時だった。室内に扉をノックする音が響く。報告書の内容を知って興奮気味だった私達の視線は、一斉に扉へと注がれる。場の空気が変わった。
「やっと来たな。条件のお出ましだよ」
レオンは訪問者が誰だか分かっているような口振りだ。身構えている私達を尻目に、彼は扉の向こうにいる人物に部屋に入ってくるよう命じたのだった。