テラーノベル
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ラウル達が港へと到着する少し前――
アクアレム元王女のセレーネは、オーベルにあるポセイドン城の一室に幽閉されていた。
ポセイドン宮殿、最上階の一室。そこに閉じ込められたセレーネは、冷えた大理石の床に膝を抱えて座っていた。
部屋は豪奢だった。天蓋付きのベッドに、海色のカーペット。天井には精巧なガラス細工のシャンデリア。一見すると王女の私室として相応しいが、窓には打ち付けられた格子、外に出る扉は鉄製で固く施錠されている。ここはとても綺麗な牢屋だった。
静かな部屋の中に、波の音が遠く響く。風が窓を叩き、揺れるカーテンの向こうには、煌めく海に浮かぶアクアレムの町並みが見えた。漁船に乗り仕事に出かける者、市場で魚を下ろす者……人々は何事もないかのように生活を続けている。
「……まるで、何も変わっていないみたい」
セレーネはそっと呟いた。アクアレムのトップが、父であるマンタイン王からオクタスにかわっていることを、民達はまだ知らされていない。
自分の知らない間に、王宮は奪われ、アクアレムは彼の支配下に置かれた。
今や彼女は国の姫ではなく、幽閉された敗北者にすぎない。
カチャリと扉の向こうで鍵の音がした。
「姫様、お食事をお持ちしました」
入ってきたのは彼女に長く付き従っている、侍女のマリンだった。エプロンドレスを着たマリンは、姿勢正しく銀の皿に乗せられた魚のスープとパンを運んでくる。
「お食べください」
テーブルの上にフォークとナイフを並べると、セレーネに耳打ちする。
「お気を確かに。今秘密裏に他国へ救援要請を送っています」
王女派のマリンは、オクタスの目を盗みセレーネを逃がす為動いていた。
しかし彼女は俯いて首を振る。
「ダメよマリン。恐らく皆クーデターが起きたことすら気づいてない」
「いえ、聡い国であればアクアレムの異常事態に気づくはずです」
「例え気付いたとしても、助けようがありません」
「……リガルドであれば」
「彼らにわたくしを助けるメリットがありません。ダークラインのお手伝いもロクに出来ませんでしたし。……それにいきなり釣書を送りつけられて、困惑していることでしょう」
「ラウル王子は、姫様が一番信用されていると」
「それは……そうですが……」
「とにかく、今は助けを待ちましょう」
マリンが、頭を下げて部屋を出る。
セレーネはテーブルに座り、食事をとろうとするもため息ばかりが出て、料理が喉を通らない。
スプーンを置いて、冷めていくスープ眺めていると再びガチャリと扉の音がする。
顔を上げると、そこにいたのは、自分から地位を奪った禿頭の騎士――オクタス。薄く笑みを浮かべ、まるで古い友人を訪ねるかのような軽やかな足取りで彼は部屋へと入ってきた。
「ご機嫌麗しゅう、セレーネ様」
その言葉を聞き、セレーネの胸に熱い怒りが込み上げた。
「このような場所に閉じ込めておいて、よくそのようなことが言えますね」
オクタスは眉一つ動かさず、まるで気にも留めていないような態度で肩をすくめた。
「朝からあまり怒らないでいただきたい。体に障りますよ」
「父上に会わせてください。監禁されるのであれば、せめて父と同じ場所にいたい」
オクタスの目がわずかに細められる。その一瞬の間が、胸に嫌な予感を走らせた。
「……王は体調が悪いのですから」
彼の声は淡々としていた。しかし、その抑揚のなさが、かえって異様な空気を生んでいた。
「だからこそ、私が側に付きます」
セレーネは食い下がる。この場所に幽閉されてから、ずっと父との面会を許されなかった。
感じていた嫌な予感が、胸の奥から湧き上がる。
「もう……その必要はありませんよ」
「どういう意味です?」
隠していても仕方ないと言いたげに、オクタスは静かに首を振った。
「マンタイン王は、既にお亡くなりになりましたので」
セレーネの心臓が、凍りつくような感覚に襲われた。
「……嘘」
「嘘ではありません。一昨日の夜、静かに息を引き取られました」
「そんなはずがない……父上は、病に伏せっていたけれど、まだ話すこともできたはずです!」
頭が混乱する。心がぐらりと揺れ、立っているのがやっとだった。
「ご安心ください。王は安らかに旅立たれました。苦しみはなかったはずです」
オクタスは冷酷な微笑を浮かべた。
その笑みを見た瞬間、セレーネは理解した。
――これは、偶然の死ではない。
オクタスが殺したのだ。
病に伏せっていた父を、手をかけるのに都合の良い状態に追い込み、そして――。
「……最初から、そのつもりだったのですね」
震える声で、セレーネは呟いた。
「最初から、この国を乗っ取るつもりで……父を……」
オクタスは冷酷に笑う。
「王が病床に伏せた時点で、アクアレムは弱くなりました。外敵から国を守るためにも、強い指導者が必要だったのです」
「それが、あなたの言い分ですか……!」
怒りと悲しみがないまぜになり、セレーネの拳が震えた。
「そうです。そして王女としてのあなたの役目は、もう終わったのです。おっとそうだ、あなたを慕う国民は多い。私の言う事を聞く人形になっていただけるのでしたら、それなりのポジションは与えますが?」
「ポジション?」
「そうですな、私の妻になられてはどうです? マンタイン王が、お亡くなりになられた悲しみを私が癒やし、それで夫婦になる。私に心酔したあなたは、実権を渡す。非常にわかりやすいストーリーで、馬鹿な国民も王政廃止に納得が行くでしょう」
「ふざけないで! わたくしに父を殺した男の妻になれと言うのですか!?」
「姫様は、ご自身の立場を理解されたほうが良い。このままでは、あなたは父の死に耐えきれず、後を追って自殺するストーリーとなってしまいます」
セレーネは自身の唇を噛みしめる。
オクタスは彼女の眼の前まで近づくと、その顎を掴んで上を向かせる。
「アクアレムの至宝と呼ばれるだけあって、お美しい人だ」
オクタスの荒い呼吸が顔にかかり、耐えられないほどの不快感が襲う。
「私はこの国の全てを手に入れたい。勿論その中には、あなたも含まれている」
「は、離しなさい、無礼もの……」
気丈にも言い返すセレーネだったが、その足は小刻みに震えている。
獣欲の宿るオクタスの瞳。日焼けした、たくましい海の男の筋肉質な腕、組み伏せられれば抵抗する術はない。恐らく泣いて叫んだところで、この部屋には誰も来ない。
彼女の手は、武器を求めてテーブル上のナイフに伸びる。
躊躇している余裕はない。父の仇。
油断しているオクタスの首目掛け、ナイフで斬りつける。
だがオクタスはセレーネの攻撃を、あっさりと腕でガードしていた。
切れ味の悪いテーブルナイフでは、服を裂くことくらいしかできず、彼の頑強な腕には切り傷すら負わせる事ができなかった。
「おいたがすぎますな、姫様」
オクタスの顔が笑みから真顔にかわると、彼女の頬を手の甲でひっぱたく。
ビンタというより殴られたような強い衝撃が襲い、彼女は床に倒れる。
「や、やめ」
生まれて初めての暴力を浴びて、恐怖から立ち上がれない。
地面に這いつくばってオクタスを見上げると、切り裂かれた服の隙間から蜘蛛のイレズミが覗く。
(タランチュラ……?)
「ふふふ、少し気持ちの整理が必要でしょう」
そう言い残し、オクタスは扉を開けて部屋を出ていった。
カチャリ。
鍵の音が、重く響いた。
セレーネは震える体を抱きしめ、天井を仰いだ。
気づかぬうちに、自分の国が毒蜘蛛の餌食になっていたことに、震えが止まらない。
――このまま、ここで朽ちていく?
殺されるのは恐ろしいが耐えられる。だが、奴の妻になることは耐えられない。
「お父様……お父様……わたくしは一体どうすれば」
自然と目尻から雫がこぼれ落ちる。
◇
部屋を出たオクタスは、口端に笑みを浮かべたまま宮殿を我が物顔で歩いていた。
加虐趣味の彼は、まだまだ年端もいかない少女を、自分好みの女に躾けていくのも有りではないかと妄想していたところだ。
そこに警備の騎士が駆け寄ってくる。
「オクタス様、お話が」
「なんだ?」
「港の警備より、リガルド帝国の王子が緊急で来訪されていると」
「なに? なぜこのタイミングで……。目的は?」
「それが、セレーネ王女と見合いに来たと」
「見合い……? まさか、王女が呼び寄せたのか?」
馬鹿な、あの状態で一体どうやって。そう思ったが自ずと答えに気づく。
「ネズミがいるのか」
「いかがなさいましょう。こちらから呼び出したことになっており、王子は見合いをするまで絶対に居座ると言っているようです」
「チッ面倒な時に……適当なことを言って追い返せないのか?」
「あまり俺をなめるとパパを呼ぶぞ。いいのか水の国を火の海に沈めるぞと警備隊を脅迫していて……」
「クソ、スケールのでかいバカ王子め!」
256
瑞希 流星♟也中
372
🍎🥧アップルパイ
84
コメント
1件
セレーネの震えがこっちまで伝わってくるような、緊迫した回でした……。父王の死を知らされる場面、オクタスの“妻になれ”の圧。読んでるこっちまで息が止まりそうになりました。そんな中、最後にラウルさんが「見合いに来た」って。もうこのタイミング、カッコよすぎます。次、どうなっちゃうんでしょう……早く読みたいです!