TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する





 膝を抱えて小さく座った私は、目の前の光景を眺めて大きく溜息を吐いた。

 気付けばあっという間にもう六月で、今私の目の前では体育祭が開催されている。運動が苦手な私は、この日が来るのが嫌でたまらなかった。



(ついにこの日が来てしまった……)



 避けて通れる道があるわけでもなく、ガックリと肩を落とすと再び溜息を吐く。



(何の為に体育祭なんてあるんだろう。どうして風邪ひかなかったのよ……、私のバカ)



 自分の健康すぎる身体を呪った私は、目の前で繰り広げられている競技を見た。

 今行われているのは、三年生による借り物競走。確か、ひぃくんも出場すると言っていた。



(何処にいるのかな?)



 キョロキョロと軽く見渡してみると、クラスメイトらしき男の子と談笑しているひぃくんが目に留まる。

 どうやら次に出場するらしいひぃくんは、スタート地点で軽くストレッチをしている。


 合コンで助けられて以来、何だかひぃくんのことが気になっている私。

 そのままひぃくんを眺めていると、隣にいる彩奈が話し掛けてきた。



「どうしたの? 響さんの事ジッと見つめちゃって」



 クスクスと笑う彩奈に、急いでひぃくんから視線を外して俯く。



「み、見てないよ……。ひぃくんなんか」



 相変わらずクスクスと笑いながら、「そう? 私の勘違いかー」と言った彩奈。本当は気付いているくせに、私をからかっているのだ。

 事実、勘違いなどではなく私はひぃくんを見つめていた。徐々に早くなってきた心拍数に、何だろうこれ……? と思いながらそっと胸に手を当ててみる。


 ──最近の私はおかしい。

 ひぃくんを見ると、何だか胸が苦しくなるのだ。



(変な病気だったらどうしよう……)



 そんな事を考えながらも顔を上げると、再びひぃくんを見つめる。

 すると、スタートラインに立つひぃくんと目が合い、一瞬ドキリと鼓動が跳ねる。



(き、気のせいだよね?)



 ひぃくんはともかく、私は大勢いる中で座っているのだ。そんなに一瞬で私を見つけられるわけがない。

 そう思うと、小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 すると、突然ひぃくんがヒラヒラと手を振り始めた。



(……えっ? わ、私に手を振ってるの?)



 キョロキョロと左右を見渡してみる。



「振り返してあげないの?」



 隣で私を見ていた彩奈が、そう言ってクスリと笑い声を漏らす。



(本当に私に振ってるのかな……?)



 そう思いながらも、ひぃくんに向けて小さく手を振ってみる。

 すると、それに応えるようにして笑顔のひぃくんが大きく手を振った。



(あ、本当に私に振ってたんだ……)



 よく見つけたな、と感心をする。


 未だにブンブンと大きく手を振り続けているひぃくん。



(先生に注意されてるし……)



 再びスタートラインに整列したひぃくんは、相変わらずニコニコとしている。

 そんな姿を見て、大丈夫かな……。とちょっと心配になる。


 ドンッ。というピストルの音と共に、一斉に走り出したひぃくん達。その中でも、群を抜いて早いひぃくん。あんなに余裕そうに走っているのに。

 昔から、スポーツも勉強も何でもそつなくこなしてしまうひぃくん。どこか余裕そうなその表情に、心配して損をしたと小さく息を吐く。


 会場のあちこちからは、ひぃくんを応援する女の子達の声が聞こえてくる。



(相変わらず凄い人気だなぁ……)



 そう思うと、なんだか少し気持ちが沈む。



(なんだろう……、これ)



 目の前で走っているひぃくんの姿を眺めながら、膝を抱えた腕にキュッと力を込める。



(こうして見ると、やっぱりカッコイイなぁ……。中身はちょっと変だけど。やっぱりカッコイイんだよね、ひぃくんは。だから、周りが騒ぐのもわかるよ)



 そんな事を思っていると、バチッとひぃくんと視線がぶつかった。



(え……?)



 そのまま私の方へと向かって走ってくるひぃくん。



(え、何? どうしたの?)



 あっという間に私の目の前まで来たひぃくんは、フニャッと笑うと口を開いた。



「花音。一緒に来て」


「へっ……?」



 ひぃくんを見上げて間抜けな声を出した私。

 視線を下へと移してその手元を見てみると、そこには白いカードが握られている。



(あ、借り物競走……。私を借りに来たの? ……走るの苦手なんだけどなぁ)



 そんな事を思いながらも、わざわざ借りに来たひぃくんを無下にする事もできず、渋々ながらに重い腰を上げる。



「ひぃくん、私走るの苦手……」


「うん、知ってる」



 私の言葉に、ニコリと微笑んで答えるひぃくん。



(知ってるなら何で私のとこ来たのよ……。ただでさえ体育祭になんて参加したくないのに)



 プクッと頬を膨らませると、ひぃくんを見上げてキッと睨みつける。



「可愛いー、花音っ。大丈夫だよ?」



 私の頬をツンッとつついたひぃくんは、そう言うと突然私を抱え上げた。




 ────!?




(こ、これは……っ! 世に言う、お姫様抱っこというやつでは!?)



「しっかり掴まっててね?」



 そう告げると、一気に走り出したひぃくん。



(こ、怖いっ! 落ちるっ、落ちるよひぃくんっ!)



 慌ててひぃくんの首にしがみつく。


 私を抱えているというのに、グングンとスピードを上げて走ってゆくひぃくん。その光景を見て、周りでは女の子達が悲鳴を上げている。

 そんな流れる景色の中、私はひぃくんの背中越しにグラウンドを眺めた。



(……あ。校長先生が走ってる……。歳なのに……借りられたんだ、可哀想)



 必死に走る校長先生の姿を眺めて、そんな事を思う。


 そのまま、あっという間に一着でゴールしてしまったひぃくん。



(凄いよ……、ひぃくん)



 私はただただ感心した。


 全員がゴールしたところで、マイク越しにお題と借りて来た物の発表が始まる。

 チラリと一番奥を見てみると、ゼェゼェと肩で息をする校長先生がいる。私の視線に気付くと、ニコリと優しく微笑んでくれる校長先生。

 どうやら、五着でビリだったらしい。



(仕方ないよね、歳だもん)



 そんな事を考えながらも、司会進行役の人の言葉に耳を傾ける。



「えー。では、お題の発表と確認をします! まずは五着!」



 五着の人からカードを受け取ると、再びマイク越しに口を開いた司会進行役の生徒さん。



「お題は……ハゲ!」



(!!? な、なんて恐ろしいお題……)



 チラリと校長先生を見てみると、その頭は確かに輝いていた。途端に、会場中から笑いの渦が聞こえてくる。

 なんだか急に怖くなってきた私は、隣にいるひぃくんを見上げた。その視線に気付くと、私を捉えて優しく微笑んだひぃくん。



(お題、何なんだろう……。不安しかない)



「続きましてー、四着! お題は……パンツ!」




 ────!?




(パ、パンツ!!?)



 四着の人を見てみると、右手を高々と上げている。

 その手には男物のパンツが……。



(あのパンツの持ち主は今、ノーパンなのだろうか……)



 借り物競走のお題は、三年生が自ら考えたとお兄ちゃんが言っていた。



(怖すぎる……。何なの、このお題)



 競技に参加するまでちゃんと見ていなかった私は、借り物競走がこんなに恐ろしいとは思ってもいなかった。



(ひぃくん、やだよ私……。変なお題じゃないよね?)



 青ざめる私は、その後も発表されてゆくお題に必死で聞き耳を立てた。

 中には普通の物もあって、全部が変なお題ではないようだ。



「えー。では、一着のお題は……」



 いよいよ来てしまった自分の番に、ドキドキとしながらひぃくんを見つめる。

 ひぃくんからカードを受け取った司会進行役が、手元のカードを見ると口を開いた。



「えー、お題は……気持ちの良いもの!」



(……?)



 意味不明なお題に、私の頭上にはクエッションマークが浮かぶ。



「んー……。これは中々難しいお題ですね。では、ご本人に聞いてみましょう!」



 そう言って、ひぃくんにマイクを向けた司会進行役の人。



(どういう意味だろ……?)



 意味のわからない私は、隣にいるひぃくんを黙って見守った。



「毎日ベッドの上で優しく抱いてます。凄く気持ちいいよ?」




 ────!!!?




 ニッコリと満面の笑みで微笑んだひぃくん。

 一瞬にして静まり返った会場。固まる司会者に、青ざめる私。視界の端に、私と同じくらい青ざめた校長先生の顔が見える。



「ね? 気持ちいいよねー、花音っ」



 青ざめる私を抱きしめ、そう言ったひぃくん。途端に、会場中から女の子達の悲鳴の声が上がる。



(ひぃくん……、その言い方は……っ)



 ──人生終わった。

 そう思った私は、もうそれ以上何も考えられなかった。その場で突っ立ったまま、魂が抜けてしまったのだ。

 思考の停止してしまった私は、女の子達の悲鳴が聞こえる中、ずっと無言のままひぃくんに抱きしめられる。


 青白い顔をした私の頬に、スリスリと頬を寄せるひぃくん。固まったまま、ピクリとも動かない私。

 ボンヤリと見えてくるのは、私達の元へと走ってくるお兄ちゃんの姿。


 そのお兄ちゃんの顔も、私と同じくらい青ざめていた。

 



ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

104

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚