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時計ジカケノ羅針盤

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時計ジカケノ羅針盤

12 - 闇黒に差し込んだ光

♥

89

2025年03月08日

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Black


桃色のカップを出していた彼が、先月くらいに来たきり姿を見せていない。

赤色のカップ——医師だと言っていた彼は、もうしばらく来ていない気がする。

黄色のカップ、そして緑色のグラスをお出しする彼はほぼ定期的に来てくれる。この間は、緑のマグカップだったっけ。どうやら気に入ってくれたようだ。

海のような深い青色のマグにブレンドコーヒーを注ぎ、「お待たせしました」と声を添えてカウンターテーブルに出す。

お客さんは、いつも「待ってないですよ」と笑って飲んでくれる。

この間店で倒れたときはすごく心配だったが、次に来てくれたときに尋ねるとあっけらかんとしていた。

まあ、そんなからりとした人のような印象もある。

コーヒーカップを傾けるその姿は、最初にいらしたときよりずいぶん細くなったように見える。いや、俺もそうなんだろう。

いつ、来てくれなくなるかわからない。

それは俺も然り。いつ店に立てなくなるかはわからない。

今まで来てくれていたお客さんがどうしているかもわからないし、もう来られないのやも。

それでも、俺はいち喫茶店のマスターとしてお客様を迎える。いわば来る者拒まず、去る者追わずだ。

そう一言で片づけることもできる。でも俺はそんなの嫌だ。

もちろん去る者は追わない。だけど、来てくれた人には精一杯のおもてなしをしたい。

できるだけ、ここピクシスで素敵な時間を過ごしてもらえるように。

たとえ一度しか来ることができなくても、その一度を心に残してもらえるように。

「俺はやっぱりここのブレンドが一番だな」

お客さんの、がん患者には思えない爽やかな笑みが目に映る。ありがとうございます、と会釈すると照れたようにはにかんだ。

そのとき、さっきから感じていた息苦しさが一段強くなったのを覚えた。

そろそろ頓服飲んだほうがいいかな。担当医に言われている通り、心不全がかなり進んできているのかもしれない。

「ちょっとすいません」

俺はお客さんに断り、一旦奥へと戻る。薬を飲んでくると、丸椅子に腰掛けて作業台に肘をついた。

お客さんは常連さんひとりだし、特に作業もないからコーヒーでも淹れようかなと準備をしていると、

「マスター。ちょっと訊きたいことがあるんですけど」

目の前の彼を見る。彼の耳に飾られた金色のピアスが、首を傾げたとき小刻みに揺れた。

「最初に来たときから思ってるんですけどね、ピクシスって、どういう意味なんですか?」

俺は小さな笑みを向けた。

「ギリシャ語で、羅針盤って意味です」


続く


Happy Birthday Daddy!!!!!!

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