真夏の朝ーー。
蝉の声が開け放した窓から
容赦なく響いてくる。
額にまとわりつく湿った空気。
起きてすぐの俺は、
汗と憂鬱を纏って
無表情な自分を鏡で見つめた。
台所に下りると、
母が食パンを焼きながら目も合わせず呟く。
「進路希望書、ちゃんと出すのよ。成績だけは気を抜かないで」
kr「分かってる」
「英語、今日返却でしょ。満点で当たり前なんだから」
額の暑さとは裏腹に、
背中を唐突な冷気が撫でていく。
家を出ると、
コンクリートから立ち上る熱気で
空気がゆらめいている。
シャツの襟元にうっすら汗。
朝顔がしおれて、通学路には蝉の抜け殻――
そんな中、
駅の改札でしにがみくんが見つけてくれる。
sn「おはようございます、クロノアさん」
軽く頭を下げて駆け寄ってくる。
kr「おはよう、しにがみくん」
sn「今日も暑いですね……あの、英語の課題なんですけど、少し見せてもらえませんか?」
kr「いいよ」
ノートを差し出すと、
sn「すみません、助かります!!」
といつも通りの丁寧な言い方。
でもその声色と距離が、どうしても埋められない壁のように思えてしまう。
教室に入ると扇風機が唸り、外光に白く照らされた窓。
トラゾーが
tr「あー暑い暑い、クロノアさんまた今日もパーフェクトでしょ?」
と冗談めかす。
ぺいんとはタオルで汗を拭きながら
pn「クロノアさん、羨ましいですよ~。俺なんか赤点ギリですよ?」と笑う。
kr「たまたまだよ」
微笑みで返すしかない。その輪の真ん中がどこか遠い。
授業が始まり、
英語のテスト答案が返却される。
当然のように『100』が記された自分の紙。
tr「やっぱ天才ですね、クロノアさん!」
トラゾーが、
その目でまっすぐ褒めてくる。
でも、心の中は呼吸が止まりそうなほど
苦しい。
ポケットのスマホが震え、母親から
「点数の写真すぐ送ること」
とだけ一行。
文字面だけで、
体温がまた下がっていく感覚。
昼休み。
ぺいんとが小声で
pn「クロノアさん、数学のここ、少しだけ教えてくれませんか?」
とノートを持ってくる。
kr「いいよ」
と淡々と説明をはじめる俺。
pn「わかりやすいです、ありがとうございます!!クロノアさんに教えてもらうと、俺頭良くなった気がするんですよね〜」
kr「そんなわけないよ」
少しだけ、心の奥に温度は生まれる。
でもその温度を表に出すことは
できなかった。
他のグループの生徒たちが
騒がしく話す夏の昼。
俺は、この輪の中でやっぱり独りぼっちだと思った。
放課後。
しにがみくんが荷物をまとめながら、
sn「クロノアさん、もし都合よければ、今日トラゾーさんとぺいんとさんとカラオケ行くんですけど…一緒に行きませんか?」
と、誘ってくれる。
kr「ごめん、今日はやることがあって…」
sn「そうですか、残念です。じゃあ、また次の機会に…!」
みんなの笑い声が熱い夏の
夕方に溶けていくのを背中で
感じながら、俺は
kr「また今度」
とだけ微笑んだ。
家に帰ると、母が冷房の効いた部屋で
待っている。
「さっき送られてきた英語の写真見たわ。…ちゃんと、次もこの調子でいなさい」
kr「……うん」
褒め言葉も、微笑みもない。
“これがあんたの役目”だと、目で言っている。
夜の部屋で、机に向かう。
外から蝉の声と、
遠く花火大会の音が少しだけ聞こえた。
どこにも、俺の夏休みは無い。
ノートの片隅に、静かに書いた言葉を、
誰にも見せないまま破り捨てていく。
――たすけて、の一言だけ。
冷たい夜風と、
うるさいほどの蝉時雨の中、
今日も
「優等生の仮面」
を外すことはできなかった。
コメント
3件
うわぁ、めっちゃいい、、 待ってハマりそうw(もうハマってるw)
感情移入出来過ぎて泣いてまう 神作過ぎて尊敬でしかないです! 続き待ってます