テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
7月、夏の午後。
教室の扇風機がくぐもった音を立てている。
蒸し暑さと、どこか焦げ臭い蝉の声。
俺は静かに机に向かい、
課題へ没頭していた。
ノートの一行一行は、
自分の弱さを覆う薄いフィルムみたいだった。
昼休み。
トラゾーが、
大胆に机の真横まで椅子を引きずってきた。
tr「クロノアさん、ちょっと英語教えてくれない?全然わかんなくてさ…」
kr「どこが?」
tr「この並び替えのやつさ、もう何入れても正解来なかったんだよ」
苦笑いでプリントを差し出すトラゾー。
俺は静かに解説する。
トラゾーの表情は素直で、
いつだって悪気も打算もない。
tr「すげぇ…やっぱクロノアさんは先生みたいだなー」
kr「大したことないよ。慣れてるだけ」
tr「慣れってすごい。てか、毎日勉強してて楽しい?」
「……うーん、どうだろうね」
彼は一瞬考えてから
tr「え~、やっぱすげぇや!」
と元気に笑った。
きっと俺の言葉の “嘘” には気づかない。
放課後の教室。
大抵の生徒がいなくなったあと、
俺はひとり数学の問題集を解いていた。
蛍光灯の下、数式だけが透明な世界を作る。
そのとき、不意に教室のドアがバンッと開いた。
tr「クロノアさん、まだ残ってんの?!」
トラゾーが、元気な声で走ってきた。
kr「宿題、多いから」
tr「また出たよ~! 俺なんてもう諦めた!」
隣の席に座って、
自分のノートをばんっと置く。
tr「なあさ、クロノアさんって疲れない? ずっと課題とかテスト頑張ってて」
気さくな問いかけ。
家でも、学校でも――
どこでも
“頑張る自分”
に慣れてしまっている。
kr「まあ、慣れてるから。家でも、そうだから」
tr「そっか! そういう生活サイクルってやつかもな! 俺には無理だなー」
とトラゾーはケラケラ笑った。
kr「たぶん、慣れってそんなにいいもんじゃないよ」
ポツリと、
本音がちょっとだけ漏れそうになる。
でも、トラゾーは
tr「んー? ま、無理すんなよクロノアさん!困ったら手ぇ貸してよ!」
と肩をポンとたたいて立ち上がる。
kr「ありがとう」
その言葉を言うとき、小さく胸が痛んだ。
トラゾーがふざけながら教室を出て、教室に静寂が戻る。
窓から見える空は、赤く滲んで、今日の終わりを告げていた。
誰かが本音に近づこうとしても、
それに気付かれないことに
ホッとする自分と、
気付かれたいのに言い出せない自分が、
心の底でもつれていた。
ノートの余白に、
「ここから、誰か助けて」
と小さく落書きする。
けれどすぐ、
消しゴムでその文字を消してしまう。
今日も、
“優等生の仮面”
は、ずっと外せないまま。
コメント
2件
いやいやいや、🥀ちゃん天才か? ヤバい、ずっと見てられるわぁ