その朝は、雪がちらついていた。
まだ冬の名残を残す田舎町の空は、灰色に曇り、どこか寂しげだった。
花純の家の前には、大きな引っ越しトラックが停まっていた。
ダンボール箱が次々と運び出され、見慣れた玄関が少しずつ殺風景になっていく。
裕太:「……いよいよ、か」
裕太は校門の前に立ちながら、ポケットに突っ込んだ拳をぎゅっと握りしめた。
隣には宏光がいて、その背後には、藤ヶ谷、宮田、二階堂、千賀、渉が並んでいた。
七人は全員、揃っていた。
学校へ行く時間を忘れてでも、花純を見送ろうと決めていたからだ。
やがて、玄関から花純が姿を現した。
薄い水色のコートに身を包み、胸元には母の手編みのマフラー。
その姿は、昨日までと同じ花純なのに――今日だけは遠くに感じられた。
花純:「……みんな」
花純は七人を見つけ、驚いたように立ち止まった。
宮田が真っ先に駆け寄る。
俊哉:「やっぱり行っちゃうの? 本当に?」
声が裏返っている。
花純は苦しそうに笑い、頷いた。
花純:「……うん。行かなくちゃいけないの」
二階堂が悔しそうに足元の雪を蹴る。
高嗣:「なんでよ……なんで花純ばっかり」
渉:「仕方ないでしょ。大人の事情なんだから」
渉が低い声で言ったが、その声も震えていた。
千賀は泣きそうな顔で言葉を絞り出した。
健永:「でも……でもさ、俺たち、もっと一緒にいたかった」
藤ヶ谷も無理に笑おうとした。
太輔:「バカだな、お前ら。……こっちだって寂しいに決まってる」
そんな仲間たちを見ながら、宏光が一歩前に出た。
宏光:「花純ちゃん。……昨日、約束したよな」
花純は頷く。
花純:「20年後、2月14日。秘密基地で会おう」
宏光:「絶対だよ」
宏光はまっすぐに言った。
花純:「絶対……だよ」
花純の声は震えていた。
その時、裕太が口を開いた。
彼はずっと、心の奥で言葉を探していた。
でも、どうしても**「好きだ」**とは言えなかった。
裕太:「……花純ちゃん。元気でいろよ」
短い言葉だった。
それでも、花純の胸に突き刺さった。
花純:「玉森くん……ありがとう」
涙をこらえながら、花純は笑った。
その笑顔は、七人が初めて出会った頃にはなかったものだ。
やがて、トラックのエンジン音が響く。
母に呼ばれ、花純は乗り込む。
窓から手を振る花純。
七人も必死で手を振り返した。
「またなー!」「絶対だぞー!」
それぞれの声が雪の中に響く。
トラックが角を曲がり、見えなくなった瞬間――
裕太は胸の奥が空っぽになるのを感じた。
花純はもう、この町にはいない。
けれど七人の心には、あの約束が刻まれていた。
――20年後。
必ず再会する。