テラーノベル
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入道雲が遠くの山を隠すほど高く積み上がった午後。海沿いの古びたバス停で、僕たちは並んで座っていた。
「……あと、三日だね」
彼女がラムネの瓶を指先で弾いた。カラン、とビー玉が乾いた音を立てる。その音は、静かな夏の終わりにやけに鋭く響いた。
夏休みという短い猶予のなかで、僕たちは出会った。最初はただの偶然だった。けれど、海辺を歩く歩幅が重なり、他愛ない冗談で笑い合うたび、僕たちの輪郭は少しずつ混ざり合っていった。
彼女は時折、僕の横顔をじっと見つめる。まるで、目に見えないペンで僕の姿を記憶に書き写しているかのような、真剣な眼差し。
「どうしたの?」と聞くと、彼女は決まって困ったように眉を下げて笑う。その笑顔の裏側に、触れてはいけない寂しさが透けて見えた。
僕たちは、自分たちが「永遠」ではないことを知っている。
カレンダーの数字が減るたびに、胸の奥がちりりと痛む。都会へ戻る僕と、この町に残る彼女。引かれた境界線は、潮が満ちるように刻一刻と僕たちの足元を侵食していた。
「ねえ、このまま時が止まればいいのにって思っちゃうよ」
彼女が独り言のように呟いた。その声は、熱を帯びた風に吹かれて、頼りなく揺れている。
「でも、終わりがあるから、こんなに眩しいんだよね」
僕は何も答えられず、ただ彼女の細い指先を追った。触れたい。けれど、もし今その手に触れてしまったら、この静かな諦念が崩れて、泣き出してしまいそうだった。
僕たちは、期限付きの恋をしている。
明日には消えてしまう砂の城を、必死に作り上げているようなものだ。それでも、この一瞬一瞬が、何十年続く日常よりも鮮明に僕の中に刻まれていく。
遠くから、アスファルトを震わせるバスの音が聞こえてきた。
彼女が立ち上がり、僕の方を向く。
「……忘れないでね」
その言葉は、約束というよりは祈りに近かった。
僕は頷くことしかできなかった。言葉にすれば、すべてが嘘になりそうで。
バスが到着し、ドアが開く。
僕たちの夏が、音を立てて閉じていく。
振り返った彼女の瞳には、沈みかけた夕陽が映り、痛いほどの輝きを放っていた。
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あーエモい
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