テラーノベル
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#さくらじお
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湿った夜の空気が、開け放した窓から入り込んでくる。
隣で眠る彼の呼吸音だけが、この静まり返った部屋で唯一の「生」の証明だった。
私は彼の横顔をじっと見つめる。
まつ毛の長さ、少し荒れた肌、形に特徴のある耳。そのすべてを暗記して、自分の血肉にしてしまいたい。そんな衝動が、時折、暴力的なまでの純粋さで私を突き動かす。
彼がいない世界を想像すると、足元から地面が崩れ去るような感覚に陥る。だからこそ、私は彼を逃がさないように、細い糸を幾重にも巻き付けるようにして日々を過ごしてきた。
「好きだよ」
何度も繰り返してきたその言葉は、もはや祈りではなく、自分を繋ぎ止めるための呪文に近い。
けれど、深く愛せば愛すほど、私の心は透明になっていく。
彼の色に染まり、彼の好みに合わせ、彼の顔色を伺う。鏡に映る私は、一体誰なのだろう。彼という太陽に照らされていなければ、私は光を失うだけの月でしかない。
不意に、彼が寝返りを打ち、私の手に触れた。
その体温に安堵すると同時に、言いようのない寂しさが胸をかすめる。
どれだけ近くにいても、私たちは結局、別々の肉体を持った他人だ。
私の抱くこの巨大な感情は、彼には決して届かない。届いてしまえば、きっと彼はその重さに耐えきれず、壊れてしまうだろう。
夜明け前の青白い光が、少しずつ部屋を支配し始める。
私は彼を起こさないように、そっとその指先に自分の指を重ねた。
愛している。
その事実だけが、私をこの場所に縛り付け、同時に私を生かしている。
明日もまた、私は彼のために、自分を少しずつ削りながら笑うのだろう。
消えてしまいそうなほど危うい、この関係のままでいい。
朝日が昇るまで、私は彼という迷宮の中で、出口を探すのをやめた。