第92話 〚守る輪が完成する時〛(全体)
夏の午後。
校舎には、いつもと変わらない音が流れていた。
蝉の声。
廊下を歩く足音。
遠くで笑う声。
――けれど、
水面下では、確かに何かが動いていた。
◆
澪は、教室の窓際に座っていた。
胸の奥が、
きゅっと締めつけられるように痛む。
(……来ない)
予知は、流れなかった。
でも、それは「安心」じゃない。
(皆が、動いてる)
えま、しおり、みさと。
三人は、休み時間になると自然に澪の近くに集まる。
特別な言葉はない。
ただ、離れない。
それだけで、
澪の心臓の痛みは、少し和らいだ。
◆
廊下の向こう。
海翔は、玲央と並んで歩いていた。
「……最近さ」
玲央が低く言う。
「“偶然”が減った」
海翔は、すぐ意味を理解した。
恒一が、
澪の近くに現れない。
「担任が動いた」
海翔が答える。
視線を、職員室の方向に向ける。
「校長も、もう知ってる」
玲央は小さく息を吐いた。
「やっと、だな」
海翔は、拳を握る。
(俺一人じゃなかった)
守る役目は、
自分だけのものじゃない。
◆
放課後。
担任は、校長室を出たところで立ち止まる。
「……生徒は、守る」
それだけを、静かに呟いた。
もう、様子見は終わり。
大人たちの線が、
はっきりと一本に繋がった瞬間だった。
◆
校門の前。
澪は、皆と並んで歩いていた。
右に海翔。
後ろにえまとしおり。
少し前にみさと。
少し離れて玲央。
不思議なくらい、
隙間がない。
(……これが)
澪は、胸に手を当てる。
痛みは、ある。
でもそれは、
恐怖じゃなく――
(守られてる、痛み)
一人じゃないことを、
体が理解している感覚。
◆
その頃。
恒一は、
校舎の影からその光景を見ていた。
澪を中心に、
人の配置が、完璧に組まれている。
(……輪)
気づいてしまった。
近づけない理由を。
一歩踏み出せば、
必ず誰かの視線に触れる。
声をかければ、
必ず誰かが割って入る。
(完成、したのか)
初めて、
確かな焦りが胸を刺す。
恒一は、ゆっくりと後ずさる。
(まだだ)
まだ、終わっていない。
でも――
「……厄介だな」
そう呟いた声は、
今までより、ずっと小さかった。
◆
夕焼けの中。
澪は、ふと振り返る。
誰も、いない。
でも、
“見られている気配”だけが、
少し遠くへ離れていく。
胸の奥の痛みが、
すっと引いた。
(これが……未来を変えた、結果)
予知じゃない。
想像でもない。
“選んで繋いだ”今。
守る輪は、
確かに完成していた。
――でも。
それは同時に、
誰かを追い詰める形でもあった。
静かな均衡は、
いつまで保たれるのか。
物語は、
100話へ向けて、
次の段階へ進み始めていた。






