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「ぐっ…!離せ!」
「なあトラビス、おまえは取り返しのつかないことをしたな?王命だったとしても許されないぞ」
「ラズール!このっ…バカ力がっ」
「暴れるな。首が絞まる。俺の方が力も能力も上なんだ。さあ正直に言えよ。おまえの剣からは、フィル様の血の匂いがした。フィル様を斬ったのか?」
「…知らん…ぐぅっ」
なかなか是とは言わないトラビスの首に、腕を強く押しつける。息ができなくて苦しいのか、トラビスの顔が真っ赤に歪む。
俺は本気でトラビスを殺そうと思った。
トラビスの剣に残ったサビは、人を斬ってできたものだ。そこから微かにフィル様の血の匂いがした。
フィル様が幼い頃からずっと傍にいた俺は、フィル様が幾度となく刺客に襲われて怪我をした場面に立ち会ってきた。だからフィル様の血の匂いを覚えている。
俺が何よりも大切に守ってきたフィル様を、トラビスは斬ったのか。くだらない王命に従って、フィル様の美しい身体に傷をつけた。それだけでも万死に値する。もしも殺めたと言ったなら、俺は迷わずにこいつの首を折る。
「…言う…から、はな…せ」
ようやくトラビスが、俺の腕に触れて声を絞り出した。
俺は手を離すと、代わりにトラビスの剣を、トラビスの顔のすぐ側の壁に突き刺した。
トラビスが咳き込みながら剣を横目で見た後に、天井を仰いで長い息を吐き出した。
「…全く容赦がないな。おまえのフィル様への執着には驚かされるよ…。俺は王命を受けて、フィル様を捜索していた」
「それで?」
「フィル様によく似た背格好の者を見たという噂を聞いては、その場所へ向かい捜したが、中々見つからなかった。だから国内の捜索を部下に任せて、俺は国境を越えて捜しに行ったんだ」
「隣国のバイロン国、北のデネス大国、どちらだ?」
トラビスは俺を見て、ふいと視線を逸らせる。
「それは言えない。王にフィル様のことをおまえには話すなときつく言われているからな」
「ふん、くだらない」
俺は、感情のうかがえない人形のような王の顔を思い浮かべる。民には美しいと崇められている王だが、フィル様に比べれば醜悪だ。どこまでも忌々しい女め。どれだけフィル様を傷つければ気が済むというのか。フィル様の生みの親だが許せない。
「俺は聞き込みを続けて、ついにフィル様を見つけた。マントを羽織り深くフードを被って背中を向けていたが、すぐにフィル様だとわかった。どこで知り合ったのか、似たような年頃の少年と食事をしていた」
トラビスの口からフィル様を見つけたと聞いて、俺の胸がざわつき始める。俺は胸の高鳴りを落ち着かせようと腕を組み、再び壁にもたれた。
やはりフィル様は無事だった。よかった。俺も城の外へ行きたい。フィル様に会いに行きたい。なのに自由に動けないもどかしさに頭がおかしくなりそうだ。
俺は「それで?」と顎を上げ続きを話せと促す。
トラビスは、俺が押さえたために赤く染まった首を擦りながら口を開いた。話しながら時おり顔のすぐ右側に刺さっている剣に目を向ける。
もしトラビスが壁の剣を抜いて俺を襲ってきたとしても、それよりも早く動ける自信が俺にはある。
「路地裏に移動した二人の後をつけて、背後からフィル様のフードを取った。振り向いたフィル様の顔を見て驚いた。ずいぶんと凛々しくなられていた。いきなり城を出されて殺されかけた難を逃れただけのことはある」
「それで?おまえは一緒にいたという少年共々、フィル様を斬ったのか?」
「…少年には手を出していない。無関係の者を襲ったりしない」
「ふん」
少年には…か。フィル様には手を出したと言ってるようなものだ。くそっ、先ほどから胃の奥が気持ち悪い。生温い手で揉まれているみたいで叫び出したいほどに気持ち悪い。早く言えよトラビス。フィル様に何をした。
トラビスはこちらをチラリと見ると、壁にもたれたまま座り込み、顔を両手で覆った。
「俺は少年を襲う気はなかったが、詳しく話を聞くために拘束したかった。だけどフィル様が逃がした」
「あの方はお優しいからな」
「そうだな…。俺はフィル様と対峙した。まともに正面からフィル様を見たのは、子供の頃に勝負を申し込んだ時以来だった。フィル様と目を合わせた瞬間、俺は…自分の気持ちに気づいてしまった」
「おまえの気持ちなど知るか」
「おまえは本当、フィル様以外に興味ないよな。…俺は自分の気持ちに戸惑って、フィル様にひどいことを言った気がする」
「だからフィル様を斬ったのか」
「違う!斬るつもりはなかったっ。剣を抜いたが斬るつもりはなかった…。俺の剣などフィル様は簡単に避けられる。だからあの時も、避けることを想定して剣を突き出したんだ」
「殺そうとしてるじゃねぇか」
怒りで身体中の血が沸騰する。めったに口にすることのない汚い口調が出てしまった。
項垂れていたトラビスが、いきなり顔を上げて俺を睨んできた。
「おまえのせいでもあるぞ!おまえが王女の側近になったと伝えたら、フィル様は剣を持っていた腕を下ろして、自ら俺が突き出した剣に刺さったんだっ」
「は?」