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終わらないあの日の空
病室の窓の外には、抜けるような青空が広がっていた。
「ねぇ、阿部ちゃん。あの雲、ハワイで見たやつに似てない?」
ベッドの上の佐久間くんは、点滴のチューブに繋がれながらも、楽しそうに窓の外を指さした。
その顔は随分と痩せてしまったけれど、瞳の輝きと、部屋の空気を一瞬でパッと明るくするひまわりのような笑顔は、出会ったあの頃から少しも変わっていなかった。
「……そうだね。あの時も、こんな風に綺麗に晴れてたっけ」
俺はノートパソコンを閉じて、佐久間くんのベッドの傍らに腰掛けた。
気休めの言葉なんて意味をなさないほど、佐久間くんの病状は進んでいた。
医者から「覚悟を」と言われた時、俺の頭の中に真っ先に浮かんだのは、二人で行ったハワイの景色だった。仕事も何もかも忘れて、ただの「同期」として笑い合ったあの時間。
「阿部ちゃん、そんな難しい顔しないでよ。天気予報のことでも考えてんの?」
「違うよ。佐久間くんのこと考えてたの」
「えー! 何それ、恋人かよ!」
ケラケラと笑う佐久間くんの声が、少しだけ掠れる。
胸が締め付けられるように痛かった。気象予報士の資格を持っていても、大学院を卒業してどれだけ知識を蓄えても、この目の前にある残酷な現実の予報を変えることだけは、俺にはできなかった。
「阿部ちゃん」
ふいに、佐久間くんが笑うのをやめて、真面目なトーンで俺の名前を呼んだ。
「俺さ、阿部ちゃんが同期で、本当に幸せだった」
「急に、何……っ」
「だってさ、俺たちがまだ何者でもなかったときから、ずーっと一緒にいてくれたじゃん。阿部ちゃんが勉強のために一時期活動を休んだときもさ、俺、実はめちゃくちゃ寂しかったんだからね? でも、戻ってきてくれて嬉しかった。阿部ちゃんが隣にいてくれたから、俺はここまで走ってこれたんだよ」
佐久間くんの言葉は、まるでこれまでの思い出を一つずつ丁寧に宝箱にしまっていく作業のようだった。
「だからさ、俺がいなくなっても、阿部ちゃんは自分を責めないでね」
その言葉に、ずっと堪えていたものが決壊した。
「……無理だよ」
俺は佐久間くんの細くなった手を、両手で包み込むように握りしめた。
「責めないわけないじゃん。なんで佐久間くんなんだよ。俺、もっと佐久間くんといろんな景色見たかった。また一緒に旅行行って、美味しいもの食べて、アニオタの話に付き合って……ステージの上でも、もっと一緒に……っ」
涙がボロボロと溢れて止まらなくなる俺を見て、佐久間くんは少し困ったように優しく笑った。そして自由になる方の手で、俺の頭をポンポンと撫でた。
「阿部ちゃんはさ、本当に心優しいね。でもね、俺はどこにも行かないよ」
「え……?」
「俺の体はなくなっちゃうかもしれないけど、俺の魂は、阿部ちゃんが解説するお天気の中に混ざってるから。雨の日も、晴れの日も、虹が出る日も、俺はずっと空から阿部ちゃんを見てる」
佐久間くんはそう言って、窓の向こうの青空をもう一度見つめた。
「だから、悲しい雨の日は、俺が阿部ちゃんに『泣いていいよ』って言ってる日。でも、次に綺麗な青空が見えたら、それは俺が『もう笑え!』って言ってる合図だからさ。約束ね」
「……うん。約束する」
俺が涙を拭いながら頷くと、佐久間くんは「よし!」と満足そうに笑って、そのままゆっくりと瞳を閉じた。まるで、温かいひなたぼっこをしながら眠りにつくみたいに、静かに、穏やかに。
モニターの音が静かに鳴り響く部屋で、俺は佐久間くんの手を握ったまま、窓の外の青空をずっと見つめていた。
それから、いくつかの季節が通り過ぎた。
「以上、明日の全国のお天気でした。明日も全国的にすっきりと晴れて、気持ちの良い一日になりそうです」
生放送のスタジオでカメラに向かって一礼し、本番を終える。
楽屋に戻り、ふと窓の外を見ると、夕暮れ時の空に見事なピンク色のグラデーションが広がっていた。
「あぁ……今日も見てるな、あいつ」
自然と口元が緩む。
佐久間くんがいなくなってから、空を見上げる回数が格段に増えた。メンバーのみんなも、ピンク色の夕焼けを見るたびに「佐久間が見てるな」って笑うんだ。
悲しみが消えることはないけれど、今の俺には、この空の向こうで見守ってくれている同期がいる。
「佐久間くん、明日も晴れだってさ。俺、明日も全力で頑張ってくるね」
俺は心の中でそう語りかけ、カバンを持って楽屋を後にした。
胸の中の太陽は、今も変わらず、俺の進む道を明るく照らし続けてくれている。
コメント
1件
なんだろう……読んでいて、胸がぎゅっとなったかと思ったら、最後はじんわり温かくなりました。佐久間くんの「俺はどこにも行かないよ」って言葉、お天気の中に混ざってるって表現がすごく優しくて。泣きながら約束する阿部ちゃんの気持ち、痛いほど伝わってきました。最後の「明日も晴れ」に、ちゃんと前に進んでるんだなって思えて、私も空を見上げたくなりました。素敵な話をありがとうございます。