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倍相岳斗は一体何をしに執務室へ来たのだろう?
色々言われた気がするが、実際問題当初の目的は何だったんだ?と、一人部長室に取り残された大葉は、首を傾げずにはいられない。
何となく倍相課長を追うみたいな形で前方に手を突き出したまま立ちっぱなしだったことに気が付いて、ドサリとエグゼクティブチェアに身を埋めると、小さく吐息を落としてスーツの内ポケットから携帯電話を取り出した。
社長へ連絡を取るならば、社長室そばの秘書室の内線を鳴らすか、社長専属秘書の遠藤の持つ社用携帯へ掛けるのが通常ルートだ。だが、プライベートなことも話したいと思っている大葉は、結局考えた末に直接社長へと繋がる連絡先をタップした。
少し時間を作って欲しいと伝えた大葉に、土恵商事トップの土井恵介は、思うところがあったのだろう。
すぐに上がっておいで?と言ってくれて。社長室へ出向いた大葉は、今まさに母方の伯父でもある土井恵介と対面しているところだ。
***
「秘書を通さず直接僕の携帯へ掛けてきたってことは……部長としてではなく、一個人の屋久蓑大葉として連絡してきたんだと思ったんでいい?」
人払いをしてもらった社長室で、応接セットに腰掛けて向き合うなり、大葉は、開口一番、恵介伯父から先制パンチを喰らった。
そんな伯父に、大葉は少し考えて、「プライベート半分、仕事半分です」と答える。
「それは……どういう意味かな?」
「順を追って話します。――まずはプライベートな方から」
大葉は、中身も確認しないまま執務室の机の引き出しへ入れっぱなしにしていた白色の封筒を、目の前のローテーブル上へスッと差し出した。
中には台紙に挟まれたL判の見合い写真が入っているはずだ。
「これを差し戻してくるってことは……見合いは必要ないってこと? ――それともチェンジ希望?」
「もちろん必要ないと言うことです。俺には……心に決めた相手がいますので」
「ん? ちょっと待って? この書類を渡した時にはたいちゃん、そんなことは一言も言ってなかった気がするんだけど……」
「ええ、これを受け取った際には彼女への告白さえまだでしたから」
「へぇー。その口ぶりからすると……もう告白も済んでて、相手の子からOKももらってるってことだと解釈したんでいいのかな?」
「はい。既に結婚の約束も取り付けていますし……柚子にも紹介済みです」
「えっ?」
大葉が真剣な顔で答えたら、恵介伯父が一瞬驚いた顔をしてから、堪らくなったみたいにブハッと吐き出した。
「そっか、そっか。柚子ちゃんにももう……。女嫌いで奥手。そんなたいちゃんが自分からそんな風に動くとは。しかも恋人を飛ばして婚約とか。基本ヘタレでクソ真面目なたいちゃんなのに……これはまたやけに飛躍したねぇ。伯父さんびっくりだよ。きっと柚子ちゃんは相手のお嬢さんのこと、気に入っちゃってるんでしょう?」
そこでわざとらしく肩をすくめて見せながら、「あの子を味方に付けるとか……たいちゃん、そんなにその子のことが欲しかったの?」とか付け加えてくる。
「ちょっ、伯父さん、言い方!」
「だってそうでしょう? そこまでしたいくらいその子に惚れ込んじゃったってことだよね? 僕や両親に何の相談もなくプロポーズまで済ませて、柚子ちゃんまで味方に付けちゃうとか。伯父さん、気を付けてないと顔がニヤけちゃいそうなんだけど……」
ニヤけてしまいそうだとか言いながら、散々笑いまくった挙げ句、今もしっかりニヤニヤしてますよね!?と思った大葉だったけれど、面倒なのでそこは言わずにおいた。
母の三つ上の兄である恵介は、屋久蓑三姉妹弟、七味、柚子、大葉の名付け親だったりする。
シスターコンプレックスな恵介伯父が、大葉らの父に、妹との結婚を許す条件として、生まれてくる子供達の名付けの権利を主張したのだとか何とか。
恵介伯父としては、半分冗談のつもり。父の覚悟を見極めたかっただけらしいのだが、妹である母の方が、逆に兄である恵介伯父に有言実行を迫ったのだと言う。
長女七味の候補名を告げた時点で却下されるものだと恵介伯父は思っていたらしいのだが、母はその名をいたく気に入って、そのまま父に出生届を出させてしまったらしい――。
以後も柚子、大葉、と母と伯父との攻防が続いた結果が、自分たちの何とも奇妙な名なのだ。
もともと農家の出だった母としては、本気で恵介伯父から提案された我が子らの名を気に入っていると言うことだったが、大葉としてはマジか!と思ったことは否めない。
とはいえ、幼い頃から共働きで不在がちだった両親に代わって、この恵介伯父さんがよく面倒を見てくれたから。
大葉は眼前の伯父のことがどうしても憎めないし、頭が上がらないのだ。
***
「――で、どんな子なの?」
「え?」
いともアッサリと見合い写真を引き取ってしまった恵介伯父に、大葉は逆に拍子抜けしてしまった。
「せっかく持って来て頂いた見合い話を反故にするって言ったのに……怒らないんですか?」
「だってたいちゃんの意志を尊重しなかったら七味ちゃんと柚子ちゃんの報復が怖いもん。――それにね、知ってると思うけど僕、果恵に恨まれるのだけは死ぬほど嫌なんだよ」
果恵とは大葉らの母の名、つまりは目の前の伯父にとっては実の妹の名だ。
「伯父さん、めちゃくちゃシスコンですもんね」
「失礼だなぁ。妹愛が強いと言って?」
クスクス笑う伯父の表情は、やはり母に似ている。
妹への愛を惜しみなく語る恵介伯父を見ていると、母・果恵の結婚の障壁が、両親であった祖父母よりも、この伯父だったと言うのにも頷けたのだけれど。
果たして自分にとってこの伯父は、羽理とのことの障壁になるだろうか?
恐らくそんなことにはならないと思いつつもちょっとだけ構えてしまうのは、さっき倍相岳斗に脅されたからかも知れない。
「相手は……財務経理課の女性です」
「もしかして……荒木羽理さん?」
「えっ!? ……な、んで……それを!?」
「やっぱりアタリかぁー。法忍仁子さんも綺麗な女性だけど、たいちゃんの好みで考えると荒木さんかな?って」
ククッと笑いつつ。
「――何年キミの伯父さんをやってると思ってるの?」
と付け加えられてしまっては、言葉に詰まるしかない。
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