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新宿駅東口の広場。
待ち合わせ時刻の18時を回り、
「着いたぞ」とLINEを送って、キルシュトルテはスマホを後ろポケットにねじ込んだ。
夕方の雑踏。
駅へと急ぐサラリーマン、歌舞伎町に吸い込まれていく若者たち──
行き交う人波をぼんやりと見つめながら、キルは深くため息をついた。
(どうせあいつのことだから、待ち合わせ時間から30分は遅れて来るだろ)
時間を持て余しているときほど、タバコが吸いたくなる。
喫煙スペースが確かこの近くにあったはず──そう思って辺りを見渡しかけた、そのときだった。
背後から、何かが勢いよく飛び込んでくる気配。
「ドーーーン!!」
いきなり右肩に衝撃が走り、耳元でやたら元気な声が響いた。
「っす! 元気ィー!?」
声を聞くより先に、キルはそのテンションに目をしかめた。
振り返るとそこにいたのは、待ち合わせていた後輩Vtuber、結城ソラ。
「いってぇな……ぶつかってくんなよ!!」
「は? 久しぶりに会えた喜びを全身で表現してんだろうが! もっと喜べよ?」
半年ぶりの再会。
テンションの高さと図々しい態度に、キルは軽く面食らう。
(昔はもうちょっと腰が低くて、可愛げもあったはずなんだけどな……どうしてこうなった)
「お前がこんなに早く来るとは思わなかったわ」
「そりゃそーでしょー。あんた待たせたら後でぐちぐち何言われっか分かったもんじゃないから!」
そう言って、笑いながらキルの肩をバシバシと叩いてくる。
そのノリの軽さに呆れつつも、どこか懐かしさを感じてしまう自分がいた。
「ん?……あれ? キルさん、なんか……
やつれた?てか顔色、ちょっと悪くない?」
「だから、ずっと体調悪いって言ってんだろ」
睨むような目を向けると、結城は一瞬、眉を寄せた。
「あー、あれマジだったん?
てっきり休みたい口実で言ってんのかと」
「……は? お前、疑ってたのか!? ……4ね!」
軽口交じりにふくらはぎを蹴ると、結城が「痛ッ!」と小さく跳ねた。
「やんのかテメー!笑」
そう言って小突いて返すその仕草が、まるで鏡の中の自分を見るようで──
キルは、ふと笑みをこぼした。
「んじゃ、ま、行きますか! 近くにわし行きつけの、うんまい焼き鳥屋あるから! 今日はご馳走してあげます!」
「……え、俺、焼き鳥って気分じゃないけど」
「うっせーなー! 黙って着いて来いよ! ほら行くぞ!!」
なんの風の吹き回しか。
ずっと面倒を見ていた後輩が、今日は飯を奢ってくれるらしい。
そんなことを言ってきたのは初めてで、キルは戸惑いながらも、心のどこかで少しだけあたたかいものを感じていた。
気がつけば、下腹部の重だるさや倦怠感も、さほど気にならなくなっていた。
────
広場から徒歩5分
暖簾をくぐって入った焼き鳥屋は、炭の匂いと煙が混じった、いかにも大衆的な店構えだった。
個室に案内され、二人は対面に腰を下ろす。
酎ハイと、すぐにつまめるお通し、そして結城が勧めてきた串の盛り合わせを注文する。
(まともに食事するのも、久しぶりかもな……)
焼けた肉の匂いが鼻をかすめて、少しだけ胃がむかむかとする。
けれど、思っていたより体調は安定している気がした。
やがて酎ハイとお通しが運ばれてきた。
「…っっあぁ〜〜! うんっめ〜ぇ〜〜!」
乾杯して、豪快に一口で流し込んでグラスを置く結城に、キルが笑う。
「ジジイかよ、お前…笑」
「そう言やさ、ディスコードで、たまたま弐十ちゃんと話すことあってさ」
「……は? なんで?」
「ゲーム配信のことでちょっと相談があって、連絡取った」
「あ、そう」
「でさ、そのとき聞いたんだけど、キルさん近頃 悪夢で寝不足らしいね?笑」
「……はあ?!」
(なんで、よりによってコイツに喋んだよアイツは……)
キルは思わず舌打ちしそうになるのを堪えた。
「でも……毎回同じ夢って、ちょっとキモくね?
最近も見てんの?」
──ふと脳裏に、あの白いクジラの輪郭がうっすらと浮かぶ。
お前には関係ねーよ、と話を切るつもりだったのに、どこかで限界を感じていたのか、キルはぽつりと漏らす。
「……ほぼ毎日、見てる」
意外にも、結城は茶化さず、真剣な顔で言った。
「マジか……。
なんか思い当たる原因とかあったりすんの?潜在意識で考えてることが夢に出るっていうし」
……原因か。
そう言われても、何がそうさせてるのか、自分でもさっぱり見当がつかない。
気にはなっていたが、調べる気力も起きなかった。
黙ってテーブルに視線を落とし、届いた串をぼんやり眺めていると──
箸を取ろうとした結城の手が、ふと途中で止まる。
「……あっ!待って! わし、良いこと思いついちゃったかも!!」
「なんだよ突然……」
「あのー、あれ!夢占い!!
キルさんの夢、診断してみんの!!どう?!めっちゃおもろくね!?」
…………えぇ?
ぽかんと口が開いたまま、言葉が出てこない。
「夢の、診断って……?」
どこからどう見てもただの軽薄な後輩が、
キラッキラの目でこっちを見ている。
何かが始まる気配が、
じんわりと2人の間を漂い始めていた。