TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

100日後、巨大隕石落下

一覧ページ

「100日後、巨大隕石落下」のメインビジュアル

100日後、巨大隕石落下

18 - 第18話 Day83 崩れ始める日常

♥

41

2025年12月22日

シェアするシェアする
報告する

《午前7時/日本・都内のマンション》
リビングのテレビから、海外ニュースの映像が流れている。


画面には、焼け落ちたショッピングモール、ひっくり返った車、
泣き叫ぶ人々。


「フランス・パリでは、
“終末前の自由”を掲げるデモが暴徒化し——」


小学生の息子が、トーストをかじりながら聞いた。

「ねぇ、お母さん。日本もああなるの?」


母親は手を止めて、少し考えてから答えた。

「……させたくないね。」


「ふーん。」

息子はそれ以上聞かなかった。



でも、食べるスピードはいつもより少し速かった。



《午前8時30分/通勤電車》


車内アナウンスが流れる。

《本日、線路内に立ち入る事案が多発しています。


 お急ぎのところ申し訳ありませんが——》


スーツ姿の男がため息をつく。

「また遅延か。」


隣の同僚らしき男が、スマホを見せながら言う。

「“どうせ落ちるなら電車くらい止まってもいいだろ”って動画、

バズってるんですよ。マジでやるやつが出てきてる。」


「笑えねぇな。」


「でも、“会社行きたくない理由”としては、ちょっと分かる。」


二人は苦笑した。


笑いながらも、どこか落ち着かない目をしていた。



《午前9時/日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》


観測室のスクリーンに、新しい数値が表示される。


Impact Probability:24.0%


白鳥レイナは、腕を組んだままその数字を見上げた。

「……また、ちょっと上がったわね。」


若手研究員が恐る恐る聞く。

「ニュースには……出しますか?」


「出さないといけない。


 “都合の悪い数字は隠した”って言われた瞬間、


 全部の信頼が飛ぶから。」


「ですよね……。」


しばし沈黙。
若手が言いにくそうに口を開いた。


「主任、昨日インタビュー受けてましたよね。


 “どのくらいの被害か”って聞かれて……」


「ああ、“簡単に言うと、

地球の一部がめちゃくちゃになります”ってやつね。」


「すごく分かりやすかったですけど……


 SNSで“不安を煽る専門家”って叩かれてました。」


白鳥は、椅子にどさっと座った。

「……優しく言っても怒られて、はっきり言っても怒られるのね。」


若手は苦笑いするしかなかった。

「科学って、“正しい答え”出す仕事だと思ってたんですけど……


 今はなんか、“怒られ役”みたいですね。」


白鳥は天井を見上げて小さく笑った。

「そうね。


 でも、誰かが“嫌われ役”をやらないと、


 数字まで嘘になるから。」


その声には、苛立ちと、あきらめと、


それでもやめないという少しの意地が混ざっていた。



《午前10時/東京・新宿駅周辺》


桐生誠は、人の流れを眺めていた。


前日は「プラカードを持つ人」

「祈る人」「疑う人」が、
はっきりグループに分かれていた。


しかし今日の街は——


いくつもの小さな「不満」と「諦め」が、
バラバラに、

でも確かに広がっていた。


コンビニの前で怒鳴っている男。


「なんでポイントつかねぇんだよ!


 どうせ終わるのにケチるなよ!」


駅前で寝転がる若者たち。


「学校もバイトも行かないデー!」と書かれたダンボール。


路地裏で、誰かが「現金買い取り」と書いた簡易テントを出している。


(ルールが、少しずつ“どうでもよくなってる”。)


桐生はノートにそう書き込んだ。


そこへ一本の電話が入る。


「桐生くんか。外務省の知り合いから、


 面白いデータが回ってきたんだが。」


編集長の声だ。


「面白いって、今の時期の“面白い”はだいたい笑えないやつですよ。」


「その通りだ。

 “JAXA内部からの日付付きアクセスログ”。

 “オメガ関連ファイルへの不自然なアクセス履歴”がある。」


桐生の背筋が伸びる。


「そこに“名前”は?」


「表に出す版は黒塗りだ。

 ただ、“日付”と“アクセス元端末”の番号は残ってる。

 世間じゃもう“リーク犯=城ヶ崎”ってことになってるが……

 中の記録がそれを裏付けているかどうかは、別問題だ。」


「ログ、送ってください。ちゃんと確認します。」


電話を切ったあと、

桐生は人混みから離れたベンチに腰を下ろし、

送られてきたログを確認した。


Day95――

特定の端末から、

繰り返し“オメガ軌道データ”へのアクセス。


(……あの日だな。リークが起きた当日。)


端末番号の横に、

小さな手書きメモの写真が添付されていた。


『JAXA内部メモ:

 この端末、若手職員・城ヶ崎の席の近くだったはず』


「……やっぱり、城ヶ崎か。」


その名前を口にした瞬間、

桐生の中で、“世間のストーリー”と“現場の記録”がひとつ繋がった。



《正午/アメリカ・中西部》


ガソリンスタンドの前に伸びる長蛇の列。
一部のドライバーたちが、


「値下げしろ!」と店員に掴みかかっている。


「“どうせガソリンも世界も尽きるなら安く売れ”

という
理屈にならない要求が広がっています」


テレビのキャスターが疲れた声で説明する。



《夜・ニュースドキュメント「クローズ・アップ・ワールド」》


ナレーション


「“オメガ騒動”が発表されてから一週間。


 世界では、静かな不安が“行動”へと変わりつつあります。」


画面には、
・シカゴのガソリンスタンドで、


 “買い溜め”による長蛇の列。


・パリ市内で、


 ホームレス支援施設に寄付物資を持ち込む市民。


・香港で、


 “地震用簡易食”が売り切れになった棚。


レポーター(ロンドン)


「こちらロンドンでも、


 教育委員会に“授業を休ませるべきか”という問い合わせが急増。


 市民の間で“日常を続けるべきか”をめぐる議論が相次いでいます。」


日本のスタジオに切り替わる。


コメンテーター


「“確率20%”と聞いても、


 それをどう受け止めるかは、人によってまったく違います。


 不安な人ほど、早く動いてしまう。」


司会者


「学校、仕事、家族……


 社会の基盤が少しずつ揺れてきています。」


画面端には、SNSの投稿が流れる。


《会社休むわ。命のほうが大事》


《ママ友が“避難先の確保”とか言い出した……》


《明日から店を閉めるって言われた》


“生活が変わり始めた気配”が、はっきり映り込んでいた。



《午後4時/総理官邸 会議室》


大型モニターに、海外の映像が次々と映し出されている。


炎上する車列、略奪されるスーパー、
泣きながら祈る群衆。


藤原危機管理監が報告する。

「欧米を中心に、暴動件数が一日単位で増えています。


 “終末だから何をしてもいい”という考えが広がっているようです。」


佐伯防衛大臣が、腕を組んだまま言う。

「自衛隊としては、


 国内で同じ事態が起きても対応できるよう準備を進めています。


 ただ……」


「ただ?」


「抑え込めば抑え込むほど、


 “政府に反発する人間”が増えるのは目に見えている。」


中園広報官がタブレットを見つめる。

「“自衛隊を出すくらいなら、自由に暴れさせてほしい”って意見も……


 少数ですが、出始めています。」


サクラはしばらく黙って、モニターを見ていた。

「……国を守るって、なんなんだろうね。」


ポロリと出た言葉だった。


「建物を守ること? 経済を守ること?


 それとも、人一人の生活や感情を守ること?」


誰もすぐには返事をしなかった。


やがて藤原が、穏やかな声で言う。

「本来は全部、なんでしょうね。」


佐伯が苦い笑みを浮かべる。

「今の状況じゃ、“全部”は無理だ。」


サクラは小さく頷いた。

「だから、多分……優先順位を決めなきゃいけない。


 どこまで“国”を守って、どこから“人”を優先するか。」


それは、自分に向けた宿題のような言葉だった。



《IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)臨時連絡》

《SMPAG(宇宙ミッション計画アドバイザリーグループ)非公式調整》


アンナ・ロウエルが、
ホワイトボードの前で技術者たちと議論していた。


NASA技術者


「インパクターの核心ユニット、


 “高速衝突専用フレーム”の設計案だ。


 アルミ合金の軽量型と、


 タングステン複合材の“高密度型”、どちらも可能だ。」


アンナ


「タングステンは衝撃力は強いけど、


 加速が遅くなる。


 太陽方向からの接近で“観測の空白”が大きい今は……


 やはり軽量型が有利。」


JAXA・白鳥(オンライン)


「日本側としても、


 “衝突精度”を最大化したい。


 誤差が1%でも残るなら、軽量型を推します。」


ESA技術官


「では、軽量型を“本命案”として


 正式設計に入ると伝えていいか?」


アンナ


「ええ。


 まだ世界が半信半疑でも……

 技術だけは待ってくれない。」


ホワイトボードに描かれた“細い矢印”が、


人類の唯一の希望のように見えた。



《深夜1時/新聞社・社会部》


オフィスに残っているのは数人だけ。

蛍光灯の光が、疲れた顔を白く照らす。


桐生は、JAXAのアクセスログとにらめっこしていた。


(Day95

 若手職員・城ヶ崎

 オメガ関連ファイル連続アクセス)


「……ネットはもう“悪者”を決めつけてる。

 だけど、本当に“彼一人”なのかどうかは、まだ誰も見ていない。」


モニターの片隅で、

“城ヶ崎悠真 JAXA 若手職員”と検索窓に打ち込む。


ヒット数は少ない。

インタビューも表彰歴もない。

ただ一枚だけ、

ぼんやりとした集合写真の端に写った男がいた。


細身、無精ひげ、

パソコンの前で生活していそうな、

どこにでもいそうな若者。


(世間はもう、“犯人”にしている。

 俺は、一度ちゃんと会って、

 あの日、何を見て、何を思ったのかを聞かなきゃならない。)


桐生は、ファイルに“城ヶ崎”とメモを残した。




本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


100日後、巨大隕石落下

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

41

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚