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次に阿部が目を覚ました時。
柔らかい布団の中だった。
隣には目黒も寝かされている。
「……めめ」
小さく呼ぶ。
目黒がゆっくり目を開ける。
「あべちゃん」
「起きた?」
「うん」
しばらく二人とも動かなかった。
「俺たち」
阿部が言う。
「どうやってここまで来たんだっけ」
「覚えてない」
「俺も」
やがて襖が開き。
翔太と涼太が入ってきた。
「起きた?」
「うん」
「よかった」
涼太は少し呆れた顔で目黒を見る。
「目黒」
「何?」
「神様が村壊しちゃうの、良くないよね」
「……」
「かなり強い力使ったでしょ」
「そのせいで沢山、人が死んだ」
阿部の胸が痛む。
分かっていた。
それでも言葉にされると重かった。
「それに」
涼太が阿部を見る。
「阿部も倒れちゃった」
目黒の表情が変わる。
阿部には分かった。
人が死んだことより。
自分が倒れたことの方が効いている顔。
「めめ」
「俺は大丈夫」
「でも」
「今起きた」
「うん」
その横で翔太が涼太を見る。
「でもさ」
「涼太だって不作とか干ばつとか災害とか、楽しそうに眺めてるでしょ」
「……まあ」
「人間がどうなるか見てるじゃん」
「見てるね」
「じゃあ、めめだけ怒れないでしょ」
阿部は二人を見る。
神様。
やっぱり人間とは違う。
人が苦しむことも。
土地が荒れることも。
長い時間の中の一つの出来事なのかもしれない。
「でも」
涼太が真面目な顔になる。
「だからこそ、力を使う時は考えないとね」
「目黒も」
「阿部も」
阿部は小さく頷いた。
二人はしばらく様子を見て。
「まだ休んでな」
と言って部屋を出ていった。
静かになった部屋で。
目黒はまだ少し沈んだ顔をしていた。
「めめ」
「ん?」
「もう、人間のこと知ろうとしなくていいよ」
目黒がすぐ身体を起こしかける。
「あべちゃん」
「まだ寝てて」
「違う」
「俺、もう聞かない方がいい?」
慌てていた。
「嫌だった?」
「しつこかった?」
「怖かった?」
「また何かした?」
阿部は少し笑う。
「そういう意味じゃないって」
「じゃあ何?」
阿部はゆっくり身体を起こし、目黒の隣へ移動する。
「めめばっかり俺のこと勉強してたでしょ」
「……うん」
「人間は何食べるの」
「何時間寝るの」
「何されたら嬉しいの」
「何が怖いの」
目黒が少し気まずそうにする。
「しつこかった?」
「かなり」
「やっぱり」
「でも」
阿部はふっと笑う。
「嫌じゃなかった」
目黒が顔を上げる。
「だから」
「もう、めめだけが俺のこと知ろうとしなくていい」
阿部は少し近付く。
「今度は俺が」
目黒を見る。
「神様のこと勉強しないとね」
目黒の目が少し大きくなる。
「俺のこと?」
「うん」
「知りたい?」
阿部は少し迷って。
ちゃんと頷いた。
「知りたい」
目黒があまりにも嬉しそうな顔をするから。
阿部は笑ってしまった。
「何その顔」
「嬉しい」
「分かりやすいね」
「駄目?」
「駄目じゃない」
阿部が最初の質問をする。
「神様って寝なくても平気なの?」
「平気」
「食べなくても?」
「平気」
「寒くない?」
「平気」
「暑くない?」
「平気」
阿部が笑う。
「ずるいね」
「なんで?」
「人間よりだいぶ楽そう」
目黒も少し笑った。
そして。
阿部はもう一つ聞く。
「寂しいって」
「今は分かる?」
目黒が少し考える。
「分かる」
「いつ分かった?」
目黒は阿部を見る。
「あべちゃんが俺のこと怖がってた時」
阿部が少し目を見開く。
「近くにいるのに遠かった」
「話してるのに、俺の方見なかった」
「それが嫌だった」
少し考えて。
「多分、あれが寂しい」
阿部は黙って聞き。
少し目を伏せた。
「そっか」
今まで。
目黒が人間の気持ちを一つずつ覚えてきた。
今度は。
阿部が神様の気持ちを知っていく。
夫婦のような縁。
愛し合うこと。
そんな遠い話はまだ分からない。
でも。
阿部は今。
目黒を知りたいと思った。
それだけで前とは違っていた。
「めめ」
「ん?」
「これから、いっぱい聞くからね」
「いいよ」
「しつこくても?」
「いい」
「俺みたいになるよ」
阿部は声を出して笑った。
「それは嫌かも」
「なんで?」
「質問多すぎるから」
「でも答える」
阿部は少しだけ目黒へ身体を寄せる。
「じゃあ、覚悟してね」
目黒は嬉しそうに頷いた。
「うん」
人間を知ろうとする神様。
神様を知ろうとする人間。
二人の距離は。
また少しだけ近くなっていた。
次の日。
阿部は朝から目黒の後ろをついて歩いていた。
「あべちゃん」
「何?」
「なんでついてくるの?」
「勉強」
「何の?」
「神様の」
目黒が少し嬉しそうにする。
「俺のこと?」
「そう」
「知りたい?」
「昨日言ったでしょ」
阿部は目黒を見る。
「今日は、めめが普段何してるのか見る」
「普段?」
「何してるの?」
「別に」
「別にって何」
「何も」
「神様って暇なの?」
目黒が真面目な顔で頷く。
「結構」
阿部は思わず笑った。
「もっとすごいことしてるのかと思った」
「すごいこと?」
「山守ったり、天気見たり、人間助けたり」
「それはしない」
「最後だけ即答だね」
少しして。
目黒は屋敷の外へ向かった。
「行くよ」
「どこ?」
「見たいんでしょ」
「普段の俺」
結界の中。
秋の山。
阿部は目黒の少し後ろを歩く。
「ここ」
目黒が立ち止まる。
「何?」
「境界」
「……どこが?」
見た目には何もない。
目黒が手を伸ばすと、空気が水面のように揺れた。
「わ」
「屋敷の結界と外の山の境目」
阿部が恐る恐る手を伸ばす。
けれど触れる直前。
目黒に手首を掴まれた。
「駄目」
「え?」
「一人で触ると、外に落ちるかもしれない」
阿部はすぐ手を引っ込める。
「先に言ってよ」
「今言った」
「触る前に言って」
「間に合ったでしょ」
「そういう問題じゃない」
目黒は少し考える。
「ごめん」
阿部はため息をつきながら笑う。
「最近ちゃんと謝るね」
「学んでるから」
「偉い偉い」
「子ども扱いしてる?」
「ちょっと」
目黒は不満そうだった。
「これ、毎日見る」
「毎日?」
「壊れてないか」
「歪んでないか」
「何か入ってないか」
阿部は少し驚く。
「ちゃんと仕事してるじゃん」
「仕事?」
「神様の仕事」
「これ仕事なの?」
「知らないけど」
「俺も知らない」
「自分のことなのに?」
二人で少し笑った。
次は山の奥。
細い川。
目黒が水へ指を入れ、しばらくして顔を上げる。
「大丈夫」
「何が?」
「水」
「上流で止まってない」
「変なのも混ざってない」
「そんなのも見るの?」
「たまに」
「なんで?」
「山の水止まると、色々死ぬから」
阿部は目黒を見る。
人間のことなんてどうでもいい。
そう言っていた。
でも。
山の木や獣。
水。
そういうものはちゃんと見ている。
「めめ」
「何?」
「優しいんだね」
「誰に?」
「山に」
「別に」
「またそれ」
阿部は小さく笑った。
さらに進むと。
目黒が空を見る。
「雲、来すぎかな」
指を動かすと。
空の雲がゆっくり二つに割れた。
阿部は立ち止まる。
「……すご」
「そう?」
「そうだよ」
目黒は少し嬉しそうだった。
「もっと見る?」
「見る」
森の奥では。
足を怪我した狐を見つけた。
「治せる?」
「治せる」
目黒が狐の足へ触れる。
淡い光。
傷が少しずつ消えていった。
狐は立ち上がり、森の中へ走っていく。
「いつも助けるの?」
「死にそうなら」
「なんで?」
「山のものだから」
阿部はふっと笑う。
「やっぱり優しいじゃん」
「優しいってどういうの?」
阿部は声を出して笑った。
「そこから?」
「うん」
「今のが優しい」
「でも死んだら山の中の数が減るから」
「理由それ?」
「うん」
「めめらしい」
「何それ」
「何でもない」
昼。
少し高い場所で二人並んで座る。
目黒は食べなくても平気なのに。
阿部のために握り飯と水を持ってきていた。
「めめは食べないの?」
「いらない」
「一口食べてみる?」
「なんで?」
「人間のこと知りたいんでしょ?」
「じゃあ食べる」
阿部が握り飯を少し割って渡す。
目黒が一口食べた。
「どう?」
「米」
「感想それだけ?」
「米の味」
「そりゃ米だから」
阿部は笑う。
「美味しい?」
「分かんない」
「美味しいって感覚、まだよく分かんない」
阿部は少し考える。
「じゃあ」
「俺と一緒に食べるのは好き?」
目黒が阿部を見る。
「好き」
即答。
今度は阿部が固まる。
「……そう」
少し顔を逸らす。
「それなら、よかった」
午後も。
目黒は木々や獣の通り道。
結界の端を見て。
崩れかけた崖を少しだけ元へ戻した。
「めめ」
「何?」
「本当に何もしてないって言った?」
「うん」
「めちゃくちゃしてるじゃん」
「これ、何かしてるに入る?」
「入るよ」
阿部は呆れて笑う。
「神様ってもっと偉そうに座ってるだけかと思ってた」
「俺、偉いよ」
「自分で言う?」
「神様だから」
「ふふっ」
目黒が阿部を見る。
「今日、いっぱい笑うね」
「誰のせいだと思ってるの」
「俺?」
「そう」
「嬉しい?」
阿部は少し考える。
「まあ」
「楽しいよ」
目黒が止まった。
「今、楽しいって言った?」
「言った」
「俺といて?」
阿部は少し恥ずかしくなる。
「……そうだけど」
目黒が嬉しそうに笑う。
「何その顔」
「嬉しい」
「そればっかり」
目黒は少し真面目な顔になる。
「あべちゃん、最初」
「俺といる時ずっと怖そうだったから」
「今は?」
阿部は少し考えて。
普通に答えた。
「怖くないよ」
目黒の表情が柔らかくなる。
「本当に?」
「本当」
「全然?」
「しつこい」
「それは怖い?」
「うるさい方」
阿部は笑った。
目黒も笑った。
夕方。
屋敷へ戻り。
二人で縁側に座る。
「今日はどうだった?」
「神様の勉強?」
「うん」
阿部は少し考える。
「思ってたより、ちゃんと色々してた」
「ちゃんと?」
「山見たり」
「結界見たり」
「狐助けたり」
阿部が横を見る。
「めめ」
「神様なんだね」
「今さら?」
「今までは」
「力が強くて」
「怖くて」
「何考えてるか分からない」
「そういう存在だった」
「今は?」
阿部は少し笑う。
「まだよく分かんない」
「でも」
「知りたいとは思う」
「今日みたいに少しずつ教えて」
目黒は嬉しそうに頷いた。
「何でも教える」
「何でも?」
「うん」
阿部は少し悪戯っぽく笑う。
「神様って恋するの?」
目黒が固まった。
「……あべちゃん」
「何?」
「それ、俺に聞くの?」
「何でも教えるって言ったじゃん」
目黒はしばらく黙る。
「……分かんない」
「したことないから」
「神様なのに?」
「神様関係ある?」
阿部は笑う。
「めめは今まで誰も好きにならなかったの?」
「ならなかった」
「綺麗な神様とか」
「興味ない」
「人間とか」
「興味なかった」
過去形。
阿部は何となく引っかかる。
「……今は?」
「何が?」
「人間」
目黒は阿部を見る。
「興味あるよ」
真っ直ぐ見られて。
阿部は目を逸らす。
「あべちゃんがいるから」
「……」
そんなことを何でもない顔で言う。
少しだけ顔が熱くなった。
その翌朝。
阿部が目を覚ますと、屋敷が静かだった。
「……めめ?」
返事はない。
昨日。
目黒にもすることがあると知ったばかり。
なのに。
阿部は廊下を歩きながら探していた。
「あべちゃん」
翔太に後ろから呼ばれる。
「何してんの?」
「別に」
「めめ探してる?」
「……探してない」
「探してるじゃん」
「たまたま見当たらないから」
「ふーん」
翔太がにやっと笑う。
「その顔やめて」
「面白がってる顔?」
「分かってるじゃん」
翔太は笑いながら通り過ぎた。
その直後。
廊下の向こうから足音。
「あべちゃん」
目黒だった。
それだけで。
阿部の身体から少し力が抜けた。
「あ」
「何?」
「……いた」
「俺?」
「うん」
「探してた?」
「探してない」
「翔太くんが」
『あべちゃん、めめ探してるよ』
「って言ってた」
「翔太!」
遠くから笑い声が聞こえた。
目黒は少し嬉しそう。
「探してた?」
「……少しだけ」
「なんで?」
「いなかったから」
「俺がいないと嫌?」
阿部は返事に詰まる。
「そういう聞き方しないで」
「じゃあ、寂しかった?」
もっと答えに困った。
「……知らない」
でも。
目黒を見つけた瞬間。
安心した。
それだけは確かだった。
目黒が手を伸ばす。
「何?」
「手」
「なんで?」
「昨日、境界一人で触ろうとしたから」
「今日は触らないよ」
「でも」
目黒が阿部の手を取る。
「一緒に行くなら、これなら落ちない」
指が触れる。
手のひらが重なる。
今までも何度も手を繋いだ。
村を見るため。
力を使うため。
必要があって触れた。
でも今日は。
少しだけ違った。
胸が妙に落ち着かない。
「……あべちゃん?」
「何?」
「手、熱い」
「普通だよ」
「顔も赤い」
「暑いんじゃない?」
「秋なのに?」
「……うるさい」
目黒が少し笑う。
阿部は手を離そうとした。
でも。
目黒が少しだけ握り直す。
「このまま」
「……」
「駄目?」
以前なら。
触れられるだけでも怖かった。
今は違う。
「……いいよ」
そのまま二人で山道を歩いた。
目黒が何度も阿部を見る。
「何?」
「あべちゃん、今日なんか変」
心臓が少し跳ねる。
「めめに言われたくない」
「俺変?」
「かなり」
「どこが?」
「全部」
阿部は笑う。
目黒も笑う。
でも。
繋いだ手はそのままだった。
その夜。
一人で布団へ入ってからも。
阿部は自分の手を見る。
目黒と繋いでいた手。
「……何なんだろ」
嫌じゃなかった。
むしろ。
離したくないと。
ほんの少しだけ思った気がする。
でも。
認めるにはまだ早すぎる。
阿部は布団を頭まで被った。
目黒と愛し合わなければならない。
最初に聞いた時は。
絶対に無理だと思った。
今だって。
愛しているなんて到底言えない。
ただ。
「絶対に無理」
そう思っていたはずの言葉が。
いつの間にか。
心の中から消えていた。
それに阿部自身は。
まだ気付いていなかった。
コメント
1件
めっちゃよかった……😭💕 阿部が「神様のこと勉強するね」って言ったとこ、本当にグッときたよ!最初は怖がってたのに、今は目黒のこと知りたいって思えてて、しかも手繋いだときのドキドキとか、明らかに恋人っぽくなってきてるじゃん〜!! でもまだ自覚してない阿部がまた可愛いんだよね。二人の距離が少しずつ縮まってく感じ、尊すぎて叫びそうになったよ……!!✨ 次が待ち遠しい!!
kaede🍁
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七瀬⛄️
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