テラーノベル
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みことの口から、ぽつりとこぼれた言葉――
「ちょっと……痛かったけど、すごく優しくて……だんだん気持ちよくなって、わかんなくなった……」
その一言に、一瞬、部屋の空気がふわりと揺れる。
すちはふっと表情を緩めた。
(……“痛かった”って、ちゃんと感じてたんだ)
みことは以前まで、どんなに喧嘩で殴られても、擦り傷を負っても、表情ひとつ変えず、痛みを無視するように過ごしていた。
まるで、感覚そのものを遮断しているかのように。
だけど今、みことは「痛かった」と口にした。
少しの痛みを認識して、すちの優しさを感じて、そして――「気持ちよくなった」と言った。
それが、どれほど大きな変化か。
すちは自分の胸が、じんわりと温かくなっていくのを感じた。
真っ赤になった顔をすちの肩に埋めるみことに、すちは穏やかな笑みで頭を撫でた。
そしてそれを見ていた4人は、ふとそれぞれの心に、ある“安心”を抱く。
らんは無言のまま、みことをじっと見つめていた。
(……痛かった、って言ったな)
それは、何でもないように聞こえた一言。
でも、みことが痛みを感じたと自覚し、それを誰かに伝えたことに、らんは静かに驚いていた。
(今まではどれだけ殴られても、刺されそうになっても、無反応だったのに……)
らんは不良グループのリーダーとして、誰よりも仲間の状態を見てきた。
そしてずっと、“あの無表情な目”が気にかかっていた。
(すち……お前、本当にすげぇな)
心の中で、みことの小さな変化に気づいたすちに、らんは初めて尊敬の念を抱いた。
こさめは両手で自分の胸元を握りしめ、うるうるした瞳でみことを見ていた。
「……良かったぁ……ちゃんと、感じてたんだね……」
思わず声に出してしまう。
何度も喧嘩帰りで血だらけだったみことを見た。
どんな時も「大丈夫」しか言わなかった。
でも今、“痛かった”と素直に言えるみことがそこにいて、
それだけで、なぜか胸がぎゅっとなって、嬉しくて泣きそうだった。
いるまは黙って腕を組みながら、ちらりとひまなつを見る。
「みこと……変わってきてるな」
「うん……」と頷いたひまなつは、そっと自分の腕を抱くようにして呟いた。
「痛いの、感じないのが当たり前って……なんか、見てて苦しかったんだよね。ずっと、無理してるみたいで」
いるまは、喧嘩の中でみことが感情を失っていく姿を何度も見てきた。
殴られても殴られても無表情のまま、相手を倒す、あの異様な戦い方。
(あいつ、あんな風に生きてきたのかって……)
でも今は違う。
痛いと言い、優しさに触れて、気持ちよかったと笑う――
そのみことの言葉は、いるまの胸の奥の何かをじんわりと温かくした。
4人は、みことのその変化に、そっと目を細めた。
それはほんの小さな一歩だけど、確かな一歩。
みことの世界に、ちゃんと“感情”と“痛み”と“幸せ”が戻ってきている。
そしてそのきっかけを作ったのが、すちだということを、誰もが知っていた。
だからこそ、誰も言葉にしなかったが――
「ありがとう」という想いが、そっと、すちに向けられた。
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