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うわあ、蒼波様のあの問い詰め方、めちゃくちゃゾクッとしました。宇美さんが嘘をついているのを見抜いた上で「君は何をした?」って迫る感じが。そしてヒロインが痛みの中で自分の意思でキスを選ぶシーン…生きてる証を感じるって台詞が胸に刺さりました。治療行為と口付けが重なる設定も、凄く好きです。
「その後、迎えに来た蒼波家お抱えの医者が言うには、俺がこうして命があるのは、完璧な止血。そして……人間の力を超越した奇跡が組み合わさったからだと言っていた」
「き、奇跡ですか?」
それはいったいなんだと、言うように宇美が蒼波様に問うた。
「例えば古来より伝わる蓬莱の桃仙。富士に伝わる妙薬。はたまた──人魚の血を与えらたとか。そう言った神の領域まで踏み込んだ『奇跡』が起きたのではないかと──」
「ち、違いますわっ! そんな御伽話でも奇跡でもありません。東堂家は代々医者の家系。私にも多少ですが、その心得はあります。偶々持ち合わせていた、えっと、そう! 東堂家秘伝の薬で、蒼波様の傷を手当てしたのですっ」
「そうでしたか。俺は一時は死の淵を彷徨ったが三日でほぼ体が回復して、ここに来れた。それが東堂家に伝わる秘伝の薬のおかげだったら、本当に神の奇跡だ。素晴らしい。東堂家のここ数年の躍進にも頷ける。で……あなたはその秘伝の薬を使って、俺に《《傷の手当てだけ》》をしてくれた、と」
蒼波様の声は私には、慎重に本質を探るような注意深くものを尋ねているように聞こえた。
「はい。その通りですわ」
蒼波様の声とは違って、宇美の声は嫌に明るくてハキハキしている。それがなんだか、二人の溝を表しているようにも思えた。
「……なるほど。東堂宇美さんは止血と秘薬を持って俺を助けてくれた。他には何もなかったと」
蒼波様の念を押すような言い方に宇美は「ええ」と、力強く答えていたが、私は──あっと思った。
今、蒼波様は宇美を試したのではないか。
あの場で宇美は止血だけはなんとか完璧にこなしたが、命を救うまでには至らなかった。
宇美が言っていた、東堂家秘伝の薬の存在なんて私は知らない。
本当の意味で傷を癒したのは、きっと私の──口付けだ。
私がそう思い至ったとき、蒼波様は私とまた視線を合わせてきた。
そして、冷や汗で張り付いていた額の髪をそっと直してくれた。
蒼波様は小さな声で囁く。
「君は体が辛いのに何の手当も出来ず、時間を掛けて申し訳ない。この質問でもう終わりだ。君がこのまま、この家に居たいなら何もしなくていい。俺は医者を呼んで、直ぐに立ち去ろう。しかし、そうじゃなければ……俺の妻になるつもりなら。あの時、君が行った治療行為をもう一度、俺にして欲しい」
私の涙を拭った指先が、今度は私の唇を撫でた。
「──!」
心臓がどくんと跳ねる。
治療行為で私が行ったのは止血と口付け。
今の蒼波様に傷などは見受けられない。
今もゆっくりと、私の唇をなぞる指先が示唆するのは──口付け。
それは私達だけしか知らない秘密の出来事。
蒼波様はそれをちゃんと覚えていてくださった。
私の存在を認めてくれたようで嬉しい。
このまま、ここにいると私は東堂家にいいように扱われ、凪に足の腱を切られてしまうかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。
私は私の命を守ってみせる!
声も出ず、体を動かすのは苦痛極まりなかった。しかしこの痛みこそ、生きている証。
心臓がどくどくと脈打つのが誇らしい。
きっとあの森で倒れていた、蒼波様もこんな気持ちだったのではないかと思った。
私は返事をする代わりに、手を蒼波様の滑らかな頬へとぐっと伸ばして、瞳を瞑り。
あの時の同じように蒼波様にそっと口付けをした。
すると、それに応えてくれるように蒼波様が私の背と腰に手を回した。
「んっ……」
私を抱く腕の力強さに吐息が漏れてしまった。
最初に感じたのは蒼波様の髪から香る、白檀の香り。
次に感じた柔らかな唇の感触。それは心の奥深くまで染み込むような心地よい柔らかさ。
あの時と同じ唇だと思った刹那、体の苦痛も意識も、ふわっと泡の様に軽くなった。
遠くで誰かが叫んでいるが、私にはもう遠い海から聞こえる細波のようで、よくわからない。
唇から感じる温度と喉の奥に広がる、鈍く重い……血潮。それは私が生きていると言う証に違いない。
蒼波様との口付けは温かくて、うっとりしてしまう。人と触れ合うことで、生を実感出来る喜びがあると知った。
あぁ……とても暖かだ。
蒼波様との口付けにどこか安らぎを感じながら、今度こそ私の意識は海の泡のように、消えて行く感覚に襲われた。
それは怖い感覚ではなく、豊潤な海に抱かれるが如く、とても穏やかなものだった──。