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「そう言えば、僕たち自己紹介がまだだったね」
「えっ?」
自己紹介?
彼の言葉に、思わず声が出た。
こんな時に自己紹介?
今、この状況を彼はどう思ってるんだろう……。
彼の言葉は凄く軽く感じる。
まるで、新しい学校で初めて友達が出来て自己紹介するような……。
それとも合コンのノリ?
状況の重さをわかってるの?
アナタは人を殺めた殺人者で、私はそれを目撃したために拉致られた……言わば被害者で……。
なのに……。
「これから一緒に暮らすのに、お互い名前を知らないなんて、おかしいでしょ?」
確かに彼の言う通りだ。
でも、それは普通の関係ならの話。
私たちの関係は加害者と被害者だ。
自己紹介をして仲良く一緒に暮らしましょ?の世界とは違う。
「ねぇ、キミの名前、教えて?」
こんなイケメンに、目の前でそんな事を言われて、女の子ならトキメクだろう。
彼は殺人者なのに……。
笑顔でそう言われて、私の胸は不覚にも“トクン”と高鳴っていた。
「雪乃……朝井、雪乃……」
そう呟くように自分の名前を言った。
「雪乃かぁ……」
私が言った名前を復唱しただけなのに、彼に名前を言われて、私の胸は“トクン”と再び鳴った。
「それって、本名?」
「えっ?」
本名って……。
名前を聞かれたから言っただけで……。
本名を言ったらダメだったの?
「こういう時は、本名なんて言ったらダメだよ」
えっ?それって、どういう意味?
だって、自己紹介をしようって言ってきたのはアナタじゃない。
それに名前を教えろと言ったのもアナタで……。
「どうして?って顔してるね」
彼はそう言ってクスッと笑った。
「僕とキミの関係は、何?」
「えっ?」
「僕とキミの関係は、殺人者と、それを目撃したために連れて来られた被害者でしょ?」
彼は人の心の中が読めるの?
まるで私の心の中を見透かしたような言葉……。
「キミは、本名という個人情報を殺人者である僕に教えた。犯罪者に個人情報なんて教えたらダメだよ。まぁ、僕はキミの本名を知ったからって何かしようなんて思わないけどね。中には悪用するヤツもいるからね。それは殺人者に限った話じゃないけど」
彼はそう言って再びクスッと笑った。
ネットでは、個人情報が流出する事件をよく耳にする。
どこの誰が調べたのかわからないけど、掲示板では名前などの個人情報を晒されたり……。
だから彼の言ってることは、あながち嘘ではないと思った。
「あっ、雪が降って来たね」
彼はそう言って、窓に目を向けた。
彼に釣られ、窓の外を見る。
カーテンを引かれてない窓。
窓の外は白い雪がヒラヒラと舞っていた。
「通りで寒いと思った。でも、ボタン雪だから積もらないね」
彼はそう言って窓のところへ行く。
「雪ダルマとか作れなくて残念」
窓の側に立った彼は、こちらに向いてクスッと笑った。
雪ダルマって……。
もし彼が私の恋人なら子供っぽいと思って、一緒に笑うんだろうな……。
でも今の私は笑うことが出来なかった。
「あ、そうだ」
彼は何か思い出したように、そう呟いた。
「僕の名前はセイヤにしよう」
「セイ、ヤ?」
「そう。クリスマスも近いしね。聖なる夜で聖夜。キミは名前に雪がつくでしょ?2人の名前を合わせると“聖なる夜に降る雪”で素敵だと思わない?」
彼はそう言ってクスッと笑った。
聖なる夜で聖夜……。
2人の名前を合わせると“聖なる夜に降る雪”
それを聞いた時、なぜか胸がドキンと高鳴った。
前に、こんなことがあったような……。
でも、彼と今まで会ったことはない。
今日、初めて会った。
拉致されたのも生まれて初めての出来事だ。
それに彼が言った聖夜という名前は、今さっき雪を見て彼が思いついた名前で本名ではない。
なのに何で?
「彼氏と同じ名前だった?」
彼……。
いや、聖夜さんはそう言ってクスッと笑った。
「えっ?」
そう言われた私は、聖夜さんを驚いた顔で見た。
「だって、僕が名前を言った時、凄く驚いた顔してたから、彼氏と同じ名前かと思っちゃった」
私は何も言わずに俯いて首を左右に振った。
彼氏なんていない。
今までいたことなんてない。
「彼氏、いないの?」
聖夜さんは、そう言いながら窓から再び私の前に来て座った。
私は、俯いたまま頷くことしか出来なくて……。
「不思議だね」
聖夜さんの言葉に顔を上げる。
「雪乃は、こんなに可愛いのに」
聖夜さんは、そう言ってニコッと微笑んだ。
「えっ?」
私はそう声に出して顔を上げた。
その時、聖夜さんと目が合い、胸が高鳴る。
恥ずかしくて思わず目を反らした。
「あ、あの……。私なんて可愛くなんか……」
「そう?雪乃は可愛いと思うよ?それに肌も雪のように白くて……。名前にピッタリだね」
この人は何を言ってるんだろう……。
目が悪いのか?
私なんて特別可愛いわけじゃない。
背も高くなくて、スタイルだって普通で、顔は可でもなく不可でもなく平凡で……。
今まで可愛いなんて言われたことない。
私は聖夜さんの言葉に首を左右に振った。
「そんなに否定的にならなくても……。雪乃は可愛いんだからさ、自分に自信を持っていいと思うよ」
犯罪者である彼に励まされるなんて……。
でも、何だろう……。
この変な感じは……。
さっきも感じた、この何とも言えないモヤモヤは……。
私は、やっぱり彼と、どこかで会ったことがあるんだろうか……。
いや、そんなはずは……。
どこかで会ったことがあるなら、お互いわかるはず。
なのに、彼のことは知らない。
でも……。
「あ、あの。聖夜さん……」
私の傍を離れ、再び窓の傍に立ち、降り続く雪を見ていた聖夜さんに声をかけた。
「ん?」
聖夜さんが、こっちに向く。
「あ、あの……」
なかなか次の言葉を発しない私を不思議そうに見る聖夜さん。
「……あ、やっぱり、いいです」
「何?途中で止めたら気になるよ?」
「いや、でも……」
彼に聞いてもいいのかな……。
前に、どこかで会ったことありますか?って……。
「僕に何か聞きたいことがあったんでしょ?」
そうだけど……。
「言ってみて?」
「…………あの、前に、どこかで会ったことありますか?」
「えっ?」
聖夜さんは目を丸くして、そう言ったあと、クスクスと笑いだした。
「あるわけないでしょ?」
「そう、ですよね……」
「もし、雪乃のように可愛い子に会ったことがあるとしたら忘れないよ。僕も一応、男だからね」
やっぱり私の勘違いだったんだ。
彼と私は初対面なんだ。
てか、私には男性の知り合いなんていないし。
彼のようにイケメンと会ってたとしたら、私だって忘れないと思う。
「雪乃は面白いね」
聖夜さんは、そう言ってクスクスと笑い続けてる。
そんなに笑わなくても……。
聖夜さんに聞いたことを少し後悔していた。
でも、やっぱりモヤモヤした感じは拭いきれなくて……。
「あっ、そうだ。ねぇ、雪乃?」
「あ、はい」
さっきまでクスクスと笑っていた聖夜さんはに名前を呼ばれた。
「僕の名前に“さん”はいらないから……」
「えっ?」
「呼び捨てでいいよ。僕だって初対面のキミのことを呼び捨てで呼んでるんだし。ね?」
そうだけど……。
「それに、僕は犯罪者だよ?犯罪者を“さん”付けで呼ぶのはおかしいでしょ?」
彼の言ってることは正しいのかもしれない。
「だけど……」
今まで彼氏なんていたことないし、同級生以外で男性の知り合いもいない私には男性を呼び捨てで呼んだことなくて……。
同級生の男子は、アダ名か呼び捨てで呼ぶのは名字で……。
「まぁ、雪乃の好きにしたらいいけどね」
彼はそう言って、再び窓の外に目をやった。