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海の紅月くらげさん
翌日の放課後、潤から呼ばれて家庭科室へ集まった。手作りのクッキーを持って来てくれたらしく、特に武蔵先輩が上機嫌で食べている。
「じゅんじゅん、これ! 俺はこれが好きだ!」
目をキラキラとさせながら武蔵先輩が指をさしたのは紫のジャムが中心部にあるクッキーだ。どうやらブルーベリージャムがはいったクッキーらしい。
「よかった。でもひとりふたつまでだよ」
すでにふたつ食べている武蔵先輩に釘をさすように潤が笑顔で言うと、ショックを受けたのか武蔵先輩が硬直してしまう。
……この中で一番年上なはずなのに子どもっぽい。
「俺のはやらねぇぞ」
甘党の和葉はぎろりと武蔵先輩を睨んで警戒している。
しょぼくれている武蔵先輩を見ていると、少しかわいそうに思えてきてしまう。
私のをあげようかと思っていると、歩くんが仕方なさそうに自分のクッキーを差し出した。
「俺のあげるから、これで今日は我慢しとけよ」
「あゆたん! ありがとう」
「あげる代わりにその呼び方はやめろ」
武蔵先輩が嬉しそうに歩くんの受け取ると、和葉は「じゃあ俺はこれ」と歩くんのチョコチップクッキーを奪おうとする。
「なんでお前まで欲しがってんだよ!」
「武蔵だけ不公平」
「お前なぁ……はぁ、もういいよ。食えば」
歩くんのクッキーを奪っている武蔵先輩と和葉に、潤が叱るように「自分の分だけで我慢しなさい」と注意をした。まるで小さな子どもみたいだ。
「……さっきからうるさい」
振り返ると、気怠そうに床に座っている実里くんの姿。今日はずっと黙っていると思っていたけれど、なんだか様子がおかしい。
頬は赤くて、顔が険しい。息も少し上がってるように見える。
「実里、大丈夫か?」
歩くんが立ち上がり、実里くんの目の前まで行くと心配そうに顔を覗き込む。けれど、歩くんの手を払い、実里くんは顔を背けた。
「……平気」
「明らかに体調が悪そうだ。今日は帰った方が良い」
珍しく武蔵先輩が真剣な声で言うと、室内が静まり返る。
「だから平気だってば」
「いや、早く帰れ。タクシー呼ぶか?」
和葉がすぐにスマホを取り出してどこかに電話をかけようとしている。それを実里くんが声を荒げて「やめて!」と止めた。
みんなが実里くんを心配しているのはわかるけれど、私にはこの空気に少し違和感を覚えた。帰るように促すだけではなく、不安でたまらないといった様子が表情から見て取れる。
……もしかして実里くんは体が弱いのだろうか。それでみんなこんなに心配しているの?
「俺も帰るから。……帰ろう」
潤が歩み寄ろうと一歩進むと実里くんは立ち上がり、鋭いまなざしを向けた。
「うるさいな!」
「実里、」
「放っておいてよ! もううんざりなんだよ!」
怒りと苛立を含んだ声で、実里くんが叫ぶように言った。
誰もなにも言い返さない。ただ傷ついたような表情で、そして悔いるように実里くんを見ているだけ。
そして、実里くんはカバンを肩にかけると家庭科室から出て行った。
みんなの実里くんへの心配の仕方を見る限り、なにか訳ありなようで気になるけれど、聞ける空気ではない。
眉を寄せたまま黙り込んでいる歩くんも、俯いて立ち尽くしている潤も、機嫌が悪そうにぶすっとしている和葉も、悲しげに拳を握っている武蔵先輩も、誰も言葉を発しない。
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