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「ったく」
守口は苛立っていた。
今日の午後から一華と連絡が取れない。
大学病院に癌検診に行くと聞いていたから数時間で戻るものと思っていたのに、夕方になっても帰宅しないし、電話も繋がらない。
「本当に連絡はあったんですね」
優華お嬢さんのシッターを任された雪に何度も確認する。
「ええ、病院でお友達に会ったとかで、夕食を済ませて帰りますと連絡がありました」
「私は聞いていませんが?」
「それは・・・」
普段から厳しいことばかり言っている守口は、一華に好かれていない。
うっとうしくて煙たい存在のはずだと自負もある。
着信拒否も当然と言えば当然かも知れない。
「わかりました。何か連絡があれば知らせてください」
「はい」
守口の家は代々浅井家当主の側近として仕えてきた。
一人息子の鷹文が二十歳で事故に遭い一旦浅井の家を離れることになった時にはこの先どうなるかと心配したが、2年前に戻ってきて今は後継者としてのスキルを積みつつある。
後数年して本社の取締役に名前を連ねるときには、守口が秘書として鷹文に帯同する予定だ。
それまでは浅井の本宅で、一華の教育係を務めるつもりなのだが・・・
***
さあ、どうしたものかな。
こんな時、まずは鷹文に連絡を入れるべきだと思う。
誰よりも一華を気にかけ心配しているのは鷹文なんだから。
でもな・・・
鷹文は8年ものブランクを感じさせないくらい優秀で、有能な後継者だ。
しかし、鷹文が不在の間に色々な権力争いがあったし、社内のパワーバランスだって鷹文不在を前提に動いていた。
それを承知でいきなり後継者として現れたからには、鷹文に対する逆風も相当強い。
できれば、仕事以外のことで煩わせたくはない。
少しでも心配事を減らしておきたい。
しかし・・・
守口にしては珍しく、部屋の中をウロウロと歩きながら悩んだ。
ただ単にお友達との食事と言ってしまえばそれまで。
しかし、電話にも出てもらえない状況は困る。
もしも一華に何かあれば、一生後悔することになるかも知れない。
やはり黙ってはいられない。
結局、守口は鷹文に連絡を入れることにした。
『もしもし』
電話の向こうから聞こえた、完全に仕事モードの鷹文の声。
「守口です」
『ああ』
「実は若奥様が」
『一華がどうした?』
焦ったように声が大きくなった。
「現在連絡が取れなくなっております」
『はあ?何でそんなことになるんだよ』
「お友達と夕食を済ませてお帰りになると連絡があったそうですが、電話しても出ていただけません。大事ないと思いますが、一応ご連絡します」
『ああ、わかった』
不機嫌そうに言って、鷹文は電話を切った。
きっと、鷹文は一華に連絡を取るだろう。
でも、一華には怒らないはずだ。
素性を隠して付き合っておいて、結婚と共に浅井の家に連れてきてしまった負い目を感じているから、鷹文は一華には何があっても優しい。
***
守口から連絡をもらって、一華に電話をかけた。
時間を見つけて何度もかけてはみたが、出てくれる様子がない。
コールはするんだから繋がっているんだろうが、全く出ない。
「浅井本部長、お時間です」
遠慮がちに声が掛かる。
もう30分もすれば、大きな会議が待っている。
何十人ものスタッフが2年もの時間をかけて準備した事業計画が動き出すかどうかの瀬戸際。
個人的な思いだけで会議をぶちこわすことはできない。
しかし、
「クソッ」
思わず声に出てしまった。
大阪から東京なんて飛行機なら1時間ほど。できることなら今すぐ帰りたい。
「本部長、お願いします」
なかなか動かない鷹文にしびれを切らせ、別のスタッフが呼びに来た。
「わかりました」
責任ある立場としてここに来た以上、投げ出して帰ることはできない。
一華のことは気になってしょうがないけれど、今は責任を果たすしかない。
「すまないが電話を1本して向かうから、少し待っていてください」
スタッフを部屋から出し、鷹文はもう一度一華に電話した後、別の相手にメールを入れた。
***
2時間かかる予定だった会議は1時間ほどで終わらせた。
課題は残ったが、なんとか事業は動き出し最低限の責任は果たした。
「本部長、この後の会食の予定は?」
すでに荷物をまとめだした鷹文を見て、何人かのスタッフが集まってきた。
「急用ですぐに東京に戻らなくてはならなくなった。申し訳ないが、この後の会食だけ頼めるだろうか?」
この案権に最初から関わってきたメンバー数人に頭を下げた。
「わかりました。契約は終わっていますし、なんとかします」
「悪いね、今度必ず埋め合わせするから」
何度も手を合わせ、鷹文は会場を駆け出した。
タクシーに乗り込み、とりあえず空港に向かう。
守口にヘリの手配を頼んだから、行けばすぐに乗れるはずだ。
そうすれば1時間ほどで東京に帰れる。
一華の居場所も調べさせているから、着く頃にはわかっているだろう。
色々と考えを巡らせながら、ふと雪から来た返信メールに目を止めた。
『一華様は今日、癌検診に大学病院へ行かれました。最近お疲れのようでしたので、外出をオススメしたのは私です。その後、お兄様の婚約者の方と偶然一緒になったとかで、夕食を済ませて帰りますと連絡がありました』
お兄様の婚約者って、麗子さんだよな?
2人でいるのか?
鷹文は孝太郎に電話を入れてみることにした。
***
「もしもし鷹文です。お久しぶりです」
『ああ、お久しぶり。どうした?』
「お兄さん、今麗子さんと一緒ですか?」
『いや、俺は出張で大阪だ』
「ええ、俺も大阪です」
『そうか、できれば一緒に飲みたいところだが、麗子が心配で東京に帰ろうと思っていた所なんだ』
「麗子さんどうかしたんですか?」
『よくわからないんだ。小熊が言うには体調がよくないらしくて、午後休を取って病院に行ったのに、受診せずに帰ったらしい』
なんだそりゃあ。
待てよ。てことは、その病院で一華に、
「どこの病院です?」
『何でそんなことを聞く?』
「今日の午後から一華と連絡が取れないんです。大学病院へ癌検診に行ったはずなんですが、偶然麗子さんと会ったらしくて、」
『ああ、だからか。麗子も友達といるって言っていた』
間違いない、二人は一緒だな。
「お兄さん、提案があるんですが」
鷹文は孝太郎に相談を持ちかけた。
これで、一華と麗子が一緒にいることは確実。
とりあえず無事でいてくれそうでホッとした。
ただ、何かあるのは確か。
それを聞かないことには何も始まらない。