「久しぶりだな、ゼノ」
「そうですね。お帰りが遅いのでそろそろ捜しに行こうかと思っていたところです」
「ははっ!相変わらず短気な奴め」
「俺は普通です。リアム様が呑気なのです」
「悪口か?」
「悪口です」
目の前で軽快に繰り広げられる二人のやり取りを、僕は動きを止めて見ていた。
王子であるリアムにこんな軽口をたたけるなんて。すごく仲が良いんだな。羨ましい。
ふいにゼノと呼ばれた騎士が僕に視線を移して「こちらは?」とリアムにたずねる。
リアムは僕の肩を抱き寄せながら「大丈夫だ」と優しく笑う。
「フィー、こいつは俺の側近のゼノだ。子供の頃からのつき合いで、この城で唯一信頼できる人物だ」
「そのように言ってくださるとは恐れ入ります」
「ゼノ、この人はフィル・ルクス・バイロンという。俺の妻になる人だ」
「おおっ、なんと!おめでとうございます。ようやく求める方が現れたのですね」
「そうだ。詳しくは部屋で話す。とりあえず中に入れろ」
「そうですね。ここで話すことではありません。フィル様、俺はゼノと申します。何なりと俺に命じてください」
ゼノが胸に片手を当てて腰を折る。
僕も慌ててリアムから離れると、ペコリと頭を下げた。
「あっ、よろしくお願いしますっ。いきなり来てしまってすいませんっ」
「おまえが謝ることなどない。俺が連れて来たんだ」
「でも僕…あっ」
リアムへ顔を向けようとして、僕は慌てて口を塞ぐ。
うっかり僕って言ってしまった。姉上のふりをしていた時のように、私と言えばよかったのに。
来て早々失敗したと焦る僕の頬が長い指に摘まれれた。思いのほか指の力が強くて、僕は「痛い!」とリアムを睨む。
「なにするの」
「おまえは本当に…。ここでは無理に自分を作らなくていいんだよ。素のままでいい。それにゼノは最初からおまえのこと、男だとわかってるぞ」
「え?そうなの?」
「はい。こんなに可愛らしい男の子がいるのかと驚いてました。というか何歳の方なんです?リアム様、まさか子供に…」
「違うぞ!」
ゼノが渋い顔になってリアムを見る。
リアムが「フィーは十六だ!」と焦っている。
そんな二人のやり取りが可笑しくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、仲良いんだね。リアムがそんなに困ってるの、初めて見た」
「こいつは俺に対して敬うという気持ちがないんだ」
「何をおっしゃいます。とても尊敬してますよ。フィル様、お疲れでしょう。部屋に案内致しますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ゼノに敬語はいらないぞ」
「俺に敬語はいりませんよ」
全く同時に二人が同じことを言った。
そのことがとても面白くて、僕はまた吹き出してしまった。
門を入って城に向かう途中で、近くにいた使用人にロロとリアムの馬を預けた。ここには大きな厩舎があり、しっかりと世話をしてくれるらしい。
ゼノを先頭にリアムと僕が並んで歩く。城に沿うように石畳の上を進んで行くと、たくさんの花や木が植えられた大きな庭に出た。
僕の国では見たことがない花があり、珍しくてキョロキョロとしてしまう。僕好みの可愛らしい赤い花に顔を近づけていると「あとで連れて来てやるから」とリアムが僕の手を引きながら笑った。
「ごめん。珍しくてつい…」
「時間はたっぷりとあるんだ。フィーが来たい時に連れてきてやる」
「うん、ありがとう」
僕は素直に頷いた。
まだ僕はこの城の人達に紹介されていない。なのにフラフラしていたら怪しまれてしまうじゃないか。
足を止めてしまってゼノにも悪いことをしたと前を見る。その時、僕を見つめるゼノと目が合ってドキリとした。
何か…疑われてる?ゼノは信頼している人だとリアムに紹介されたけど、少しだけ不安になる。そして急に不特定多数の人に姿を見られることが怖くなってきて、早く部屋に入りたいと、それからは無言で足を動かした。
「こちらです。リアム様、扉を…」
「ああ」
庭の中をひたすら歩き、城の端近くにある扉から中に入る。入ってすぐの所に、白地に金や赤、緑や青で模様が描かれた大きな扉があった。その扉の横でゼノが止まり、頭を下げた。
リアムがマントの中に手を入れて何かを取り出す。それを扉に当てるとカチリと音がした。
ゼノが取手を引き扉を開ける。
中はとても広い。僕が暮らしていた部屋よりも広い。そして部屋の奥に大きな窓があり、陽の光が注ぎ込まれてとても明るい。
「明るくて暖かい…。ここは?」
「俺の部屋だ。気に入ったか?」
「うん。僕の部屋も同じ白い壁だったけど、こんなに明るくなかったから羨ましい。それにすごく広いね」
「そうだな。二人でも充分な広さだろ」
「二人?」
「おまえもここで暮らすのだろ?」
「あっ…そっか…」
急に恥ずかしくなってリアムから目を逸らす。
リアムが意地悪な顔をしてマントを脱いでいる。
「ふっ、早く慣れてくれよ?フィー、おまえもマントを脱げ。ここでは隠す必要はないからな」
「うん…」
僕はチラリとゼノを見て、マントを脱いで傍にある椅子にかける。
「美しいだろう」とリアムが僕の髪を撫でながら、ゼノに話しかけた。
「…驚きました。このように美しい銀髪は初めてです。もしやフィル様は、高貴なご出身で…」
「そうだ。おまえにはそのうち詳しく話す。とりあえず腹が空いたから、軽食を持ってきてくれ」
「わかりました。ではその間に、リアム様とフィル様は旅の汚れを落としてください」
「ああ」
頭を下げて出て行くゼノを見送って、リアムが僕を抱きしめた。
「リアム?」
「フィーがここにいることが不思議だ。本当に俺の国に来てくれたんだな。この先はずっと一緒だぞ」
「うん…傍にいるよ…わあ!」
リアムの背中に腕を回そうとして、いきなり抱き上げられて大きな声を出してしまった。
リアムは僕を抱えたまま、部屋の中に三つある扉の一つを開ける。そこは大きな鏡がある小さな部屋で、部屋の奥に更に扉がある。
「ここは?」
「風呂場だ。ゼノが旅の汚れを落とせと言ってただろう?」
「あっ…じゃあっ、先にリアムが入ってよ」
「なぜ?一緒に入ればいいだろう」
「え?それは…ちょっと…」
「前に筋肉を見せてくれると言ってたじゃないか」
「そ…だけど」
リアムの腕から降りようと身体をよじるけど離してくれない。
僕が小さく息を吐いて仕方なく「わかった、入る」と言うと、ようやく離してくれた。
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