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「ここって――」


 下車してから真っ先に向かったのはコンビニ。そこで胃腸薬を買って小出さんに手渡したんだけど、その必要全くなし。電車に乗っている間にすっかり消化できちゃったみたい。本当に早いね、ちょっとビックリ。


 で、それから歩いて十分程経ったあたりで、僕の鼻腔に潮の香りが広がった。久し振りだなあ、この香り。昔はよく来てたんだけど。


「うん、小出さんも気付いた? 潮風の香り。すぐそこが海なんだよ。それで大丈夫? 少し歩いたけど疲れてない?」


「ありがとう、大丈夫。疲れてないよ」


「良かった。それじゃ行こうか。もう少しで着くからね」


 こくりと頷く小出さんを確認して、僕達はすぐ先に見える『光』の元へと歩いて行った。


『光』の元。それは千葉ポートタワーだ。クリスマスツリーの形のイルミネーションが巨大なタワー全体に映し出され、何色もの光りを放って輝いていた。


 それはとても綺羅びやかで、幻想的で、そして、とても美しかった。


 まるで夢でも見ているんじゃないかと錯覚する程に。


「ここら辺から見るのがちょうどいいかな。あんまり近くから見ても全体が見えないからね」


 実はここ、クリスマスのイルミネーションを見るのにうってつけの穴場なんだ。ちらほらとカップルの姿も見えるけど、他の場所と比べたらすごく人が少ない。


 どうしてそんなことを知っているのかというと、中学生の時からクリスマスの日に都度下見に来てたからに他ならない。


 一度も恋人や好きな人と来ることなんてなかったけどね!


「本当に、本当に綺麗――」


 イルミネーションタワーを見上げ、見惚れながら、小出さんはポツリと呟いた。


 クリスマスに初めてここに一緒に来ることができたのが小出さんで本当に良かった。


 大げさに聞こえるかもしれないけど、他の人とではなく、一緒に見ることができたその『初めて』の相手が小出さんだったのは、ある意味運命だったんじゃないかと。


 僕にはそう思えて仕方がなかった。


「ごめんね小出さん。本当は展望台から景色を見ることもできたんだけど、ちょっと時間が遅くなっちゃったから閉まっちゃってるみたい」


 首を横に振り、それからまたイルミネーションを見上げる小出さん。その横顔に光が当たって彼女の輪郭を浮かび上がらせていた。


 それは何物にも例えることができない程に美しく、より魅力的に、僕の視界いっぱいに広がった。


 あえて例えるなら、瑠璃の空。


 そんな、横顔だった。


「ううん、ここで良かった。だって――」


 さっきまでと同じ様に上を見上げながら言葉を紡ぐ小出さんだったけど、でもそれは、イルミネーションに見惚れていた時とは全く違った。何かを想い、何かに想いを馳せている、そんな顔をしていた。


「だって、ここだったら園川くんと二人きりでいられるから」


 その一言。たったその一言で、僕の心は完全に持っていかれてしまった。


「――私ね、最初は怖かったの。園川くんに初めて話しかけられた時。私って小さな頃から友達がいなくて。ずっと一人ぼっちで」


「そうだったんだ……」


「そうなの。誰かに話しかけられたとしても、ただからかわれるだけだったの。だから園川くんもそうなんだろうなって思ってた。でも、違った。園川くんは私にすごく優しくしてくれて。仲良くしてくれて。お友達になってくれて」


 だから嬉しかったの――と、小出さんは僕に伝えてくれた。


 でも、そっか。小出さんはずっと、ずっと一人ぼっちで寂しい思いをしてきたんだ。


 それにしても、なんだろう。胸が締め付けられる。少しずつ息も荒くなってきたし、上手く呼吸ができない。


 昨日の夜と全く同じだ。


「だから私、本ばかりを読むようになって。物語の中なら誰にもからかわれたりしないし、それに、本は誰にでも平等に幸せを分けてくれるから。だから好き。本が大好き。園川くんはどうだった? 本を読むようになって楽しかった?」


「うん、楽しかった。それに、本のおかげで小出さんとも仲良くなれたし」


 僕の言葉を聞いて、光に照らされた小出さんの横顔がほんのりと朱に染まっていた。そして、はにかんだような、照れているような、そんな顔を隠すように、小出さんは僕に見えないように少しだけ視線を下げた。


 初めて見た。小出さんのこんな表情。


「良かった……。ねえ、園川くん。お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」


「うん、もちろん。何でも言って」


「ありがとう。あ、あのね、園川くん。これからもずっと、私と一緒に仲良くしてもらえない……かな」


 ずっと一緒に。そう小出さんは言ってくれたけど、当然じゃないか。お願いなんかされなくても、僕は小出さんとずっと一緒にいる。ずっと隣にいる。


 でも、それは友達としてじゃない。


 小出さんは自分の気持を伝えてくれた。


 今度は僕の番だ。


「もちろん。ずっと一緒にいよう。それで小出さん。ちょっとこっちを向いてもらえるかな?」


 僕の言葉に、小出さんは一度上を向くのをやめて僕を見る。そして気付く。『僕が手に持っている物』に。さっきまでダウンジャケットの内ポケットに入れて隠していた『それ』に。


「これ、クリスマスプレゼント」


「え!? え!? ぷ、プレゼント!? で、でで、でも私、今日何にも持って――」


「ううん、僕はもうもらってるよ。小出さんがあの時、僕に手渡してくれた、小出さんが書いた小説を。ほら、言ってたじゃん。あの小説、僕にクリスマスプレゼントとして渡すつもりだったって」


「あ……」


「だから、僕も。良かったら受け取ってもらえない、かな?」


 黙ったまま、小出さんは頷いてくれた。そして、僕はそれを手渡した。ラッピングされた小さな小さなクリスマスプレゼントを。


 小出さんはそれを手にして見つめたまま、少しの間、黙っていた。


 それからの沈黙は、とても長い時間に感じた。永遠に続くのではないかと思う程に、長く。本当は一分も経っていないはずなのにね。不思議なものだよ。


「あ、開けてもいい……かな?」


「もちろん、どうぞ」


 丁寧にリボンを解き、ラッピングから小さな箱を取り出す。そして、その箱の蓋をゆっくりと開けた。その間、僕はというと、胸の鼓動が止まらなかった。プレゼントだけじゃなく、言葉も添えるつもりだったから。


「これって――」


「うん、本の栞。何にしたらいいのか悩んだんだけど、僕達って本で繋がることができたんだよなって思ってさ。それで。もらってくれる、かな?」


 その小さな箱に入っているのは、ピンク色をしたレザー製の栞だ。小出さんが今まで使っていた栞が少しよれ始めてたらちょうどいいと思って、それで今日、待ち合わせ場所に着く前に買っておいたんだ。


「こういうことするの、実は初めてでさ。もし、気に入らなかったらごめ――」


 手に持った栞の入った箱に、一粒の雫が落ちる。それはまるで、涙滴型をしたアクセサリーのようでもあり、宝石のようでもあり、雫の形をした珠玉のようだった。


「――ありがとう、園川くん。すごく嬉しい」


 涙を流した顔を見られないように下を向きながら、小出さんは感謝の気持ちを伝えてくれた。たった一言の言葉だったけど、それだけで僕には十分伝わってきた。


 小出さんの、僕への気持ちが。


 一度、僕は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。少しは落ち着くかなとは思ったけど、無理だった。


 でも、それで良かったんだと思う。落ち着いて格好付けたところでたかが知れている。僕は感情に任せて、小出さんに自分の気持を伝えるだけだ。


 それこそ、好きなことに真っ直ぐで一直線な小出さんのように。


「僕はさ、最初、小出さんと仲良くなりたいから話しかけたんだ。入学式の日に一目見た時に好きになっちゃって。一目惚れってやつ」


「わ、私に一目惚れ……」


「うん、そうなんだ。でもそれ、違ったんだよね」


「え? ど、どういうこと? 本当は私のことが嫌い、だったとか……」


「違うよ。小出さんのことを嫌うわけがないじゃん。気付いたんだ。一目惚れなんかじゃなくて、僕はただ恋に恋をしてただけなんだって。それを気付かせてくれたのが、小出さんなんだ。昨日の夜に」


「昨日の、夜……。私と通話してくれた時、だよね? そ、それじゃ、あの……そ、園川くんは何に気付いたの……かな?」


 小出さんは一度、手で涙を拭ってから僕の目を見つめる。その目には込められていた。少しの不安と、大きな願い。


 そして、一縷の希望のような光が。


「小出さんと仲良くなっていく内に、その形が変わったんだ。本が大好きな小出さん。好きなことにすごく積極的な小出さん。胸に情熱を秘めてる小出さん。ちょっとイタズラ好きな小出さん。そんなキミに、僕は本当の意味で恋をしたんだって。好きになったんだって。そう、気付かされたんだ」


 小出さんは再び少し俯く。そして、さっき手渡した栞の入った箱をギュッと抱きしめた。まるで、僕の気持ちを自分の胸の中に大切にしまい込むように。


「だから小出さん。僕も小出さんと一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒にいたい。でも、それは友達としてじゃない。恋人として、ずっと一緒にいたいんだ。ずっと側にいたいんだ。だから言うね。小出さん。僕とお付き合いしてくれないかな?」


 僕の言葉を聞いて、ハッとしたように、再び僕に向き合ってくれた。


 そして――


「わ、私も!  私も好き! 大好き! 園川くんのことがすっごく、すっごく好き! 振られちゃうのが怖かったから伝えられなかったけど、園川くんが勇気をくれたから言える! 私と一緒にいてほしい!! ずっと、ずっと!!」


 真珠のような大粒の涙を零しながら、小出さんは僕の告白の返事を伝えてくれた。


 でも、違うよ。


 小出さんが、僕に勇気をくれたんだ。だから伝えられたんだ。


「――ありがとう、小出さん」


 僕は喜びを噛み締めながら、感謝の気持ちを伝えた。


 たった一言でも、きっと伝わる。だって僕と小出さんは繋がっているんだから。本が僕達二人を繋げてくれたんだから。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」


 さすがに時間も時間だし、それに冬の夜はやっぱり寒い。心の中は温かさでいっぱいだけど、小出さんが風邪を引いてしまったら大変だ。


 そう思って切り出したんだけど、小出さんが僕のダウンジャケットの裾をくいくいと引っ張った。


「どうしたの、小出さん?」


「あ、あの……もう少しだけ、一緒に景色を見ていたくて。ダメ……かな?」


「――分かった。じゃあそうしようか」


「それと、プレゼント。本当にありがとうね。栞、大切にするから」


「良かった、気に入ってもらえたみたいで。あ、それと。今度一緒に考えようね。小出さんが書いた小説の白紙の四ページを」


 こくりと、小さく頷いてくれた。まあ、四ページじゃ全然足りないんだけどね。僕と小出さんの恋物語はこれから始まるんだから。


「でも、クリスマスのイルミネーションって、こんなに綺麗だったんだね。私、初めて見るから。ちょっとボヤけちゃってよく見えてないんだけど」


 何度も何度も、小出さんは手で涙を拭っているけど、すぐにまた溜まり、溢れ落ちていた。そりゃボヤけて見えるはずだよ。


「小出さんって涙もろかったんだね」


「あ、あんまりこっち見ないで。は、恥ずかしいから……」


「ううん、見るよ。小出さんが泣き虫だって知れて嬉しいし」


「……意地悪」


 意地悪で結構。嬉し涙だったらこらから何度でも泣かせてあげるよ。


 それだけじゃない。


 きっと、僕達はこれからたくさんの涙を流すことだろう。ケンカもするだろうし、悲しいこともあるだろうし、仲直りもするだろう。


 その度に、色の違う涙を流すと思う。


 でも、心配しないで大丈夫だよ。


 僕はずっと、小出さんの隣にいるから。泣いた時には笑わせてあげるから。


 小出さんはいつもおどおど、あたふた、キョロキョロ。だけど、好きなことになると一直線な女の子。


 だけど、今は違う。それだけじゃない。


 僕の大好きで、大切な恋人だから。



『仲良くしてよ小出さん! 〜本が大好きなコミュ症な女の子を振り向かせるため、僕は頑張ります〜』

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