突然現れたバルドル組合長に、警戒を強めるミューゼとパフィ。
というのも、2人はバルドル組合長の性格を知っているからである。強い者がいれば襲い掛かって腕試し、弱い者がいれば襲い掛かって喝をいれる。そんな脳みそまで筋肉で出来ていそうな強面男だが、やたらと仕事は早く、ロンデルも一目置いていたりする。普段の傍若無人っぷりは、ただのストレス解消なのでは?と、噂される程度には信頼もされているという、少し謎めいた人物なのである。
そんな上司の不意打ちを警戒して、2人が身構えたその時だった。
「しんせー?」
組合長の名前を覚えていたアリエッタが、その姿を見て名を呟いた。
「はい?」
「あ、覚えてた」
「まぁ、ちょっと若い気がするけど、あの顔は特徴あり過ぎるのよ」
以前リージョンシーカーを訪れた時、バルドル組合長が神聖神聖と繰り返したのが、アリエッタによって名前だと判断され、一部の事務員やシーカー達に『神聖組合長』と呼ばれるようになっていた。
だが、ミューゼ達の知っているバルドル組合長なのは、顔と声ですぐに判断出来たが、その姿は少し細い。
「たしかにバルドルよね? もうちょっとムキッとしてギラついてなかったっけ?」
ネフテリアもその違和感に気付くも、バルドル組合長だという事は確信している。しかし、遅れて違和感を感じ、首を傾げた。
「やっぱりここは支部の室内なのよ。屋内訓練場なのよ」
「あーどうりで知ってるのに思い出せないわけね。あんまりこの部屋来なかったし」
シーカーは見知らぬリージョンにも行くことがある為、身を護る力が必要となる。だからこそ、施設の中には訓練場がいくつか設備として設けられていた。
ミューゼが屋内の訓練場をあまり覚えていなかったのは、魔法の訓練は屋外でないと危ない為、利用する事がほぼ無いからである。
「もしかしてこれってバルドルの夢? ってことは、以前にここに来た事があるのね。そしてこれはドルミライトに触れた事で見ている夢の光景……って事かな?」
持っている知識と、今現在目の当たりにしている光景から、状況を整理するネフテリア。実際に体験した事で、自分達が置かれている状況をすぐに理解した。
「ミューゼさん、パフィさん。わたくしは下がって見ているから、好きに行動してくれる?」
「了解なのよ。ここから出る方法を思いついたらよろしくなのよ」
「あ、なるほど。色々試せばいいんですね」
リージョンシーカーの本来の目的の1つ、未知のリージョンの調査。
こういった不測の事態でも、可能な限りリージョンについて調べる事が仕事なのである。しかも今は、調査をしなければ動く事も出る事も出来ないかもしれないという状況。ミューゼとパフィはシーカーとして、ネフテリアは他リージョンと交流を持つ国の王女として、夢のリージョン『ドルネフィラー』の謎に挑もうとしていた。
『あの人はお知り合い?』
『うん、よく分からないけど偉い感じの人だった』
後ろで見ている親子は、のんびりと見守っていた。
「おぅねーちゃん達、長話は済んだのか? しっかし、俺様とやりあうには筋肉が足りねーんじゃねーか? あぁん?」
「……相変わらずの筋肉バカだけど、ちょっと痩せてるのよ」
「いや、たぶん若い頃のバルドルだと思う。あの人過去にドルネフィラーに来てたのかしら」
いきなりメンチを切ってくるバルドル組合長。
もっといかつい本人を知っている3人にとって、特に珍しいものではなく、驚きはするが怖がる程のものではない。パフィは何度も斬り合っているし、ネフテリアにとっては配下の様なものである。
しかし、目の前の若いバルドル組合長にとって、3人は初対面となっている為、遠慮なく睨みつけてくる。
「んで? ガキが何しにここにいるんだよ。親子連れかぁ?」
完全にチンピラのそれである。絵に描いたような態度の悪さに、ミューゼは嫌そうな顔をした。
「おいてめーら、そいつら壁際の椅子に座らせとけや。ほれ食いモンくらいくれてやるからテキトーに食わせてろ」
バルドル組合長が持っていた袋を突き出し、一番前にいたパフィに手渡した。突然の行動に思わず受け取ってしまう。中を見て目が点になるパフィ。袋にはジュースの入った瓶が4本と、お菓子が入っていた。
「あーあとトイレの場所も教えとけよな、そこ出て左の突き当りだ。……ちっ、俺の分の飲みモンが無くなっちまったじゃねーか。まあいい、さっさと準備しろやコラ」
無駄に態度の悪いバルドル組合長を見て、3人は思った。
(めっちゃ良い人だ)
態度と口調はとにかく悪いが、その気配りは驚く程細かい。しかもミューゼ達が行動に移るのをストレッチしながら待ってくれている。
「えっと、どうしよう……」
「わたくしはエルさん達を連れて壁際にいるから、ミューゼさんとパフィさんはバルドルの言うとおりにしてみて。何か危ない事があったら手を出すから」
「了解なのよ。はいこれ」
ネフテリアがパフィから袋を受け取り、アリエッタとエルと一緒に壁際に移動してくつろぎ始めた。
「はいアリエッタちゃん、ジュースよ。エルさんも。こうやって開けて……」(そういえば、夢の中で飲み食い出来るのね。いや、夢の中だからなんでも出来るんだっけ? でもそれにしては……)
言葉は通じなくとも、行動で示せば理解してくれる。ネフテリアは自分達の行動に疑問を抱きながら、のんびりとミューゼ達を見守るのだった。
「っしゃあ! 待ちくたびれたぜぇ。ガキなんざ連れてきやがってよぉ、覚悟は出来てんだろーな?」
「一体何する気なのよ……」
「うぅ、暑苦しい」
ストレッチを止め、改めて残った2人を威圧するバルドル組合長。
「で、何をするのよ? 組合長」
「あぁん? 俺は組合長なんかじゃねーよ。ちょっと教官みてーな事やらされてるだけだ。あのクソジジィにな」
「たぶん組合長になる前のバルドルよ。まぁ知らない人だと思って付き合ってみて」
「そっか、分かりました」
「何ワケわかんねぇ話してやがんだ。いーからさっさとこっち向けやオラ」
ややこしいので、一旦初対面という事にして、対峙しなおした。
バルドル組合長…もとい、バルドルは口の端を吊り上げ、腕を組んで大声を出した。
「よぉーし! てめぇらまずは準備運動だ! 俺の動きと同じようにしやがれ!」
「はい!……はい?」
勢いで返事をしたが、その内容に疑問を抱くミューゼ。バルドルはニヤッと笑って、動き始めた。
「最初は腕を大きく回しやがれ! 腕と肩をほぐすぞコラァ!」
「えっえぇぇ~……」
こうして始まった準備運動は、本当に体を温める為の健康に良いものばかりだった。
途中からアリエッタも離れた場所で真似し始め、エルツァーレマイアもそれに習って動き始める。その隣にいたネフテリアも、なんだかやらないといけない気分になり、一緒になって運動を始めるのだった。
「んっ、んっ」(いやーラジオ体操とは全然違うけど、こうやって動くのちょっと気持ちいいかも)
「なんでバルドルの運動って、こんなに理にかなってるのかしら……」
(頑張って動く娘が凄く可愛い……)
最後に手足をプラプラさせて準備運動が終了した。
じんわりと体が温まるのを感じつつ、パフィは思いきってストレートな質問をしてみる事にした。
「ところで組…貴方はドルネフィラーに行ったことあるのよ?」
このバルドルや他の夢がどういう存在か確かめる為である。
「あぁ? 何言ってんだテメェ。ドルネフィラーっつったら、ここじゃねーか」
「えっ」
その返答に驚いて声が漏れたミューゼ。その後ろでは、声を失うくらい驚いているネフテリアの姿があった。
構わずにさらに質問を続けるパフィ。
「じゃあ夢なのに、どうしてちゃんと疲れたり温まったりしてるのよ?」
本来夢は実際に動いている訳ではない為、疲れないと思えば疲れない。自分の意思ではっきりと動いているのに、全く思い通りにならない夢の世界は、夢の事を少し知っているパフィにとっても、そしてネフテリアにとっても不可思議な体験だった。
「あーそりゃ、てめーらの夢ン中じゃねーからな。思い通りになんてなる訳ねーだろ」
その返答にも疑問は生まれるが、この場はひとまず後ろで待機しているネフテリアに思考を任せ、次の質問をしてみる事にした。
「じゃあこの夢から出るには、どうしたらいいのよ?」
「ンなの、この俺の授業が終わったらに決まってんだろ。ここは俺の夢なんだからよ」
「どうやったら終わるのよ?」
「なんだ寝ぼけてんのかテメェ。メニュー全部こなしたらに決まってんだろーがボケ」
聞けばちゃんと教えてくれるものの、目つきと口の悪さにだんだんイライラしてくるパフィ。
しかしそれもここまでだった。
「そろそろお喋りは終わりだ。ここからは本気でいくぜコラァ!」
まだまだ聞きたい事はあるが、質問を許さないと思わせる程の威圧が2人を襲う。
教官バルドルとの運動が、今始まるのだった。
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