「オラァ! おせぇぞ! もっと本気だせやコラァ!」
「はっ! はっ!」
「ふえぇぇ!」
パフィは真剣に、ミューゼは泣きそうになりながら、バルドルについていく。
「こんなもんでへたばってんじゃねぇ!! もっとしっかり足あげろやクソがぁぁっ!」
「ひぃぃぃ!!」
必要以上に罵倒されながらも、必死についていこうとするミューゼ。根性で足を高く上げながらパフィの後を追いかけて走り続ける。
2人がやっているのは腿上げでのジョギングである。足腰を鍛え、体力もつき、そして痩せるのにも効果がある運動。それを延々とやらされているのだった。
「も、もうキツイ……」
そしてついに足を止め、項垂れて肩で息をするミューゼ。元々派手に動くのはそこまで得意じゃない為、長くは持たないのである。
「ハッ、だらしねぇザコだなオイ。まぁいい、水飲んでから戻ってこい」
「……バカにするのか優しくするのか、ハッキリしてほしいわ」
「あぁん!?」
「やばっ、聞こえた?」
「うぅ……水~」
様子を見ていたネフテリアが呆れて呟くと、バルドルが睨みつける。元々強面なせいで、迫力は満点だった。
「みゅーぜ……」
「ありがとアリエッタ~。よしよし」
「あぅ♪」
心配したアリエッタが、近づいてきたミューゼに飲み物を渡した。お礼にと頭を撫でられ、照れながら戻るミューゼを見送った。
軽い足取りでエルツァーレマイアの隣に戻ると、ネフテリアが心配そうに話しかけてくる。
「アリエッタちゃん大丈夫? 怖くない?」
「? だいじょうぶ?」(いきなりてりあに話を振られた。何が『だいじょうぶ』なんだ?)
ネフテリアに気を使われたアリエッタは考えた。
(……もしかしてお腹空いてないかって事? いやいや、もしかしたら暇じゃないかって事かもしれないし、さっき運動して疲れてないかって事かもしれない。う~ん、わからん)
状況を見て自分で推測出来る範囲で、候補を挙げていく。しかしその中から正解を選ぶのが難しい。
ネフテリアとしては、バルドルが睨んできて怖くないか?という意味だったのだが、当のアリエッタは、バルドルが怖いとは全く思っていない。
お互いの認識がずれまくっている隣では、エルツァーレマイアもまた悩んでいた。
(どうしよう、さっきのアリエッタの運動、記録できたら良かったのに。頑張って伸びをする姿とか最高だったし、飛び跳ねてスカートが動いた時はたまらなかったわ。あんなの見せられて、私は一体どうしたらいいの!? お嫁さんに貰ってしまった方が良いの?)
覚醒した子煩悩は、この短い間で悪化の一途を辿っていた。息が少し荒い母親を見て、アリエッタがちょっと引き始めていたりする。
『次はあんなポーズとか……こんな…いやいや、アリエッタにはまだセクシーポーズは早すぎるわ。もっとこう可愛いのを……手をニャンニャンにしてちょっと体を前に倒して首を傾げてニッコリと……いいわね、それでいきましょうか。うふふふ考えただけでヨダ──』
『ちょっとママ? さっきから何気持ち悪い事ブツブツ言ってるの?』
『えっあれ?』(もしかして声に出てた?)
変な目で見られたエルツァーレマイアは、少し気まずくなり、なんとなくアリエッタと見つめ合ってしまった。
『………………』
『………………』
(……やっぱり2人とも仲良いなぁ。今もお互いを思い合っているのかな?)
しばらくの間、バルドルの叫びとミューゼの苦悶の声だけが訓練所内に響き渡る。パフィも声は出しているが、バルドルの大声にかき消されているのだ。
沈黙に耐えられなくなったエルツァーレマイアが、話を逸らす為に話題を振る事にした。
『とっ、ところで、この短い間で、アリエッタはだいぶ女の子の喋り方になってるわね。私が転生させてからはそんなに経ってないと思うけど』
前世で死んで、娘として転生させるまでの間、アリエッタ本人の時間感覚は無い。100年経っていようとも、本人にとっては一瞬の出来事なのである。それなのに既に女の子として順応しつつあるアリエッタに、時間感覚が全く違うエルツァーレマイアも驚いているのだった。
『まぁ……目が覚めてから結構長い間、もし人と会っても変な目で見られないように喋り方を練習したからね。仕草とかは、この体に合わせて動いてたら、なんとなくで身に着いたよ。といっても、頑張った意味は全然無かったけど』
目覚めた時は自分が女だと気付いてから少し悩んだものの、なってしまったものは仕方がないと、割とあっさり前世に見切りをつけたアリエッタ。森で生きる為に周囲を調査しつつ、いつ人に会ってもいいようにと、女の子としての喋り方をするように、時々練習していたのだった。
ミューゼ達に出会い、言葉が通じない事が判明した時点で、無駄になってしまったが。
『もしかして、いきなり女に生まれ変わらせたから、困ってたりしない?』
『……驚いたけど、今はこういうのもアリかなって思ってるよ。恥ずかしい事もいっぱいあるけどね』
『住めば都っていう諺があったわね、たしか』
『合ってるか分からないけど、そういう事かな』
負い目を感じていた訳ではないが、ふと疑問に思った事を聞き、そして安心したエルツァーレマイアは、とりあえずアリエッタを撫で始めた。
いきなり撫でられたアリエッタは、驚きながら抵抗力を失い、脱力しながらミューゼ達の方に向き直るのだった。
(撫でられて笑顔になって大人しくなるのは、反則だと思うなぁ……)
チラチラと様子を見ていたネフテリアの顔は、真っ赤になっていた。
「お遊びはここまでだ……こっからはガチでいくぜ」
アリエッタ達が話をしながら見学している間にも、バルドルとの運動は進んでいる。しかしこれまでとは違い、バルドル自身も動くつもりでいる様子である。
「てめぇら覚悟しろやぁ!」
「ひうぅ……」
「むっ」
すでに満身創痍のミューゼと、気合を入れ直すパフィ。そして不敵な笑みを浮かべて拳を握るバルドル。
緊迫した空気の中、突然その中に割って入る人物が現れた。
『はい!』(僕もやる!)
アリエッタである。
ミューゼとパフィが楽しそう(?)に運動しているのを見て、我慢できなくなったのだ。
「あ、あの、アリエッタちゃん?」
いつの間にか隣からいなくなっていたアリエッタに驚き、目が点になっているネフテリア。横にいるエルツァーレマイアを見ると、何故かニコニコして手を振っている。
(アリエッタったら、元気ねー。見ててあげるから遊んでらっしゃい)
撫でられて嬉しくなり、すっかりテンションが上がったアリエッタは、思いつきでミューゼ達に混ざる事にした。何が目的かは分からないが、とりあえずバルドルの言うとおりに動けばいい筈だと考え、飛び込んだのだ。
「あぁ? ガキの遊びじゃねーんだぞ? オイコラ分かってんのか?」
(おぉ~、すっごい睨み方してる! 強そう!)
泣き虫なアリエッタだが、ガン飛ばされても全く動じていない。というのも……
(仕事の取引先がヤクザだった頃が懐かしいなぁ……こんな顔されてた♪)
なんと過去を懐かしんでいた。バルドルの事も以前に会った時に、顔はいかついが話の分かる強そうな存在…として認識しているのだった。だからこそ驚きはするが、怖がる事は無いのである。
「どういう事なのよ? 確かに悪い人じゃないけど、アリエッタが怖がる基準がちょっと分からないのよ……」
「う~ん……」
睨んでも笑顔で返してくるアリエッタに、バルドルはあっさり諦めて、訓練に入れることにした。
「ふん、睨んでも泣かないのは認めてやる。おいてめーら! まずは手本になりやがれ!」
バルドルは、パフィとミューゼに声を上げ、その手に魔力を込め始める。ファナリアの住民なので、当然魔法は使えるのである。
「オラァ!! バブルボールだ!」
気合と同時に沢山の泡を部屋に解き放った。泡は小さなモノは拳サイズから、大きなモノは頭の大きさ程まである。
その魔法を離れた場所から見ていたネフテリアはポツリと呟いた。
「あの性格と見た目で水魔法とか、なんて似合わない……」
「うるせぇ! 文句あるならかかってこいや!」
(小声で言ったのになんで聞こえるのよ……)
見学者を睨み終え、アリエッタの頭に手を置き、説明を始めるバルドル。
「てめーらはこれから泡を全部壊せ」
「あら、意外と簡単なのよ?」
「ンなワケねーだろボケが。そう簡単に壊れねーよ。これ持ちな! んで始めやがれ!」
「そんないきなりな!」
木の棒をそれぞれ渡し、有無を言わさず訓練を開始した。文句を言いながらミューゼとパフィは手近な泡に向かい、棒を振りかぶる。そしてそのまま泡を叩いた。
……しかし泡は壊れなかった。
「えっ?」
「割れないのよ!?」
「たりめーだ。そんなナマっちょれぇ攻撃で、俺の泡が割れてたまるかバカどもが」
2人は口の悪さにイラつきながらも、泡を割ろうと棒を振り回す。パフィはそれなりの力で、ミューゼはかろうじて割っていた。
そんな光景を間近で見ているアリエッタは……目が輝いていた。
(楽しそう! 僕もやりたい!)
頭を掴まれているが、そんな事は気にもならず、泡を割っているのを楽しそうに見ている。
「おうガキ。やりてーのか? んじゃこれ持てや。んで割ってこい。ほれ」
『はい!』(棒くれた! やっていいとみた! よーし!)
「おう威勢いいな! ねーちゃんらに負けんなよ?」
『うおぉぉ~~!!』
意味は分かってないが、バルドルから激励をかけられ、大声をあげながら泡に向かって走り出すのだった。
その姿を見た大人達の目は、とても優しく……なんと、バルドルもその1人となっていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!