テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
大葉から「ベッドへ行こうか」と誘われて、羽理は心の中でひゃーと叫んだ。
「あ、あのっ、私っ……明日も仕事ですし……その、まだ――」
(足を広げると痛いんです)
……なんてこと、恥ずかしくて言えるわけがない。
だが、さすが年の功というべきか。大葉は羽理が皆まで言わなくても察してくれたらしい。
「大丈夫だ、羽理。痛いことはしないから……。――お願い?」
ギュッと抱き締められたまま、耳元。大好きな低音イケボで甘くそんな風におねだりされたら、身体がゾワリと震えて蕩けてしまうではないか。
大葉の吐息が耳朶を掠めた途端、カクン……と腰が抜けたみたいに足に力が入らなくなって、彼に身をゆだねる形になってしまった羽理は、腰の辺りを大葉に支えられながら、『これじゃー大葉の思うつぼだよぅ』とソワソワした。
案の定、大葉はこの機を逃すつもりはないらしい。
当たり前のように役立たずになってしまったひざ裏に腕を差し込まれて、横抱きに抱え上げられてしまう。
頼みの綱のキュウリちゃんも、飼い主の恋路を邪魔する気はさらさらないみたいで、大人しくスッと下がってお座りをしてしまった。
「キュウリちゃん……」
裏切者ぉーと思いながら助けを求めるみたいに大葉の愛犬の名を呼べば、『なんですか?』と問いたげな表情で小首を傾げられる。
先程までは心強い味方だったはずのキュウリちゃんが、とても遠い存在に感じられた羽理は、縋るような目で彼女を見詰め続けたのだけれど。
大葉は愛娘に注がれる恋人の視線を断ち切るみたいに羽理を抱いたままスタスタと足早に寝室へ入ると、背後の扉を閉ざしてしまった。
「あ、あのっ、キュウリちゃんがひとりぼっちに……」
「ウリちゃんならケージの扉も開けてあるし、赤ちゃんじゃない。大丈夫だ」
キュウリちゃんが大葉不在の間、自分で好きなようにケージを出入りして、中へ設置されたベッドで眠ったり金網に引っかけられたお皿の水を飲んだりして過ごしているということは、羽理も知っている。お泊りに来た日の朝、キュウリちゃんがケージの中からノソノソと出てきてあくびをしながら伸びをしているのを見たこともある。
だから気にすることはないと大葉に言われてしまったらお手上げなのだ。
ふわりとベッドへ下ろされて、大葉に組み敷かれた格好。艶めいた眼差しで見下ろされた羽理の頭はヒャーヒャーと悲鳴をあげつつも現状を回避しようとフル回転。
懸命に目先を変えて、「あのっ、片付けがまだ……」と机上へ置き去りにしてきたグラスのことを示唆してみたのだけれど、「あとで洗えばいい」と一蹴されてしまった。
「でもっ。そのままだと黒くてツヤツヤした虫が出てきちゃいますよっ?」
「ん? ……ゴキブリのことか?」
せっかく隠語で言ったのに、サラリとその名を告げてくる大葉にコクコクとうなずいたら、「ウリちゃんがいるから大丈夫だ」とはどういうことだろう?
「え……?」
キョトンとして大葉を見上げたら、「俺にもよく分かんねぇんだけど……ウリちゃんが来てから見かけなくなったんだよ、あの虫」とか。
そこでふと、地元の友人が「猫を飼い始めたらGやヤモリを見かけなくなった」と言っていたのを思い出した羽理である。
(ワンちゃんでも効果があるのっ!?)
羽理自身は動物が飼えないアパートに住んでいるので未知の世界だが、もし可愛いモフモフが気持ちの悪いG避けになるというのなら、なんて素敵なんだろう! と思って。
「キュウリちゃん、すごい……」
現状も忘れてうっとりとキュウリちゃんを称えたら、大葉が一瞬驚いたような顔をしてから、すぐさま嬉しそうにふわりと笑った。
「だろ? ウリちゃんはすごいんだ」
まるで自分が褒められたみたいに喜ぶ大葉が可愛くて、無意識に彼の頬へ手を伸ばしたら、その手を愛しそうに包み込まれた。
「羽理……」
あ、マズイ……と思った時には後の祭り。
「……んンっ」
一気に距離を削ってきた大葉に唇を奪われて口腔内を彼の熱い舌で余すところなく探られた羽理は、それだけで身体の芯に熱を点されたのが分かった。
コメント
1件
うりちゃんファイト(笑)