三日目、木曜日。
今日沙良は下校時、火曜日同様大学前のバス停からバイトへ向かう。バイト終わりの安全はもちろん確保するつもりだから、バスに乗り込むまでの間、しっかり彼女をガードしようと心に誓う。
そんなわけで、今日は学園祭の資金集めの一環としてフリーマーケットをしようと提案して学校の許可を取り付けている。その準備のための日だ。
明日フリマの本番に向けて、たくさんの学生たちが荷物を抱えて大学付近を行き交っている。段ボールの山、机を運ぶ腕、塞がれる視界。
沙良はそのわきをすり抜けて、足早に正門を通って行った。木陰から出てきた白川がすぐさまそんな沙良のあとを追うのが見えたから、僕はわざとそのタイミングで行く手を阻んでやった。
苛立ちを隠しながら、沙良を視線で追う白川に、僕はフリーマーケットのお知らせリーフレットを渡しながらにこやかに宣伝してやった。
握った拳の関節が白く浮き上がっていたのは、怒りか、それとも焦燥か。
お客さんは学内の人間だけに限定してないからね。僕が長々と説明しているうちにバスが来て、沙良が乗り込んでいくのが見えた。
(よし!)
……いい傾向だ。
三日間の予期せぬ〝空振り〟で、奴の中の渇きはきっと限界まで膨らんでいる。
この状態で目の前にエサを投げ込めば、喉元まで飲み込みにくるだろう。
そして四日目、金曜日――。
僕が以前裏アカ掲示板に書いた、沙良が人通りの少ない川沿いを一人で歩く日だ。
その日は、人の波が消えた。募金も、練習も、準備も、――全部ない。
川沿いの道はいつものようにしんと静まり返り、白川の目には〝ようやく訪れた絶好の機会〟に見えたはずだ。
十六時半、沙良が正門を出る。
三日間、距離を詰め損ねてきた男が、ついに水を得た魚のように、沙良の背後を嬉々として尾行する。
僕はランニングウェアに身を包み、物陰でそれを見守った。
「……篠宮沙良ちゃん、だよね? 久しぶりだなぁ」
低い声。沙良が振り返り、表情が凍る。
「……っ、白川……先生……?」
白川の手が沙良の腕にかかり、もう一方の手が嫌らしく沙良の背中を這う。沙良は強張ったまま押し返せずにいた。
僕はその様子を認めると、さもランニングをしていてたまたま通りかかったという体で沙良に声を掛けた。
「沙良?」
僕の声に、弾かれたように白川が、パッと沙良から手を離す。
「沙良、大丈夫!?」
すぐさまその場にへたり込みそうになった沙良を、僕は即座に支えると、眼前の白川を睨みつけた。
「し、知り合い……なんだ。ちょっと話をしようと思って声を掛けただけで――」
しどろもどろに答える白川に、沙良がフルフルと首を振る。
「普通知り合いにそんな触り方しますか? 沙良も嫌がってるみたいだし、警察、呼びますね」
ポケットからスマートフォンを取り出す僕を見て、白川が慌てたように逃げ去った。
「待て!」
追いかけようとする素振りをして見せたら、沙良が僕にギュッとしがみついてきた。
「……ひとりに、しない、で?」
沙良が肩を震わせて、僕を見上げてくる。
「……お願い、……朔夜くん……」
初めて、沙良が僕の下の名前を呼んでくれた! これは思ったより大きな進歩だ!
僕は優しく微笑みながら、沙良に頷いてみせる。
「分かった」
言いながら、胸の奥で密かに呟くんだ。
(沙良。僕を庇護者って認めてくれたね? これでもう、キミは僕から逃げられないよ?)
コメント
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怖いっ😱